透明な水
あの子は透明な水のよう。
綺麗で、誠実。
困っている人がいたら助けに走る。
誰にでも好かれる、そんな人。
みんな、そんな彼女のところへ集まるの。
まるで綺麗な水を求める魚みたい。
ゆらゆら、ふわふわ。
みんな、あの子の隣で優雅に泳いでる。
私は息ができない。
あの子の隣では、自分が惨めで苦しくてたまらない。
あの子ばっかり。
あの子なんて。
そう思う私は、きっと透明な水では生きられない魚だった。
理想のあなた
晴れた日曜日の昼頃。
片田舎にあるこじんまりとした小さな美術館を訪れた。
観光地にもならないから中にいるのは暇潰しに来た地元の人間か観光者くらいだ。
見飽きた展示品が並ぶブースを通り過ぎる。
行き着いた特別展示室と書かれたそこに、彼女は今日もいた。
特別というわりに変わり映えのしない展示品にはもう地元の人間は飽きている。
別館になるここへ来るための廊下は分かりづらいから、観光者もあまり来ない。
まるで僕と彼女が出会うためのようだった。
けれど声をかける勇気はなく、今日も遠くから彼女を見つめる。
金色の髪が柔らかく波打ち、空色の瞳は慈愛を込めて細められる。
温かそうな日差しを浴びて微笑む姿。
名前も知らない彼女はどんな国で生まれて、どんな風に生きてここにいるのだろう。
今日も君は美しい。
今日の天気はあまり機嫌が良くない。
美術館に来る人間もいつもより少ない。
けれど、きっと彼女はいる。
足は迷いなく進み、案内順なんて無視して最短ルートで彼女の元へ向かう。
特別展示室のプレートが貼られた部屋に入ると、珍しく二人の男女が立っていた。
「ねぇ、この絵ってなんかすごいの?」
「さあ?飾られてるから一応有名なんじゃね」
マナーも何もない二人の声は静かな空間を不躾に震わせる。
ムッとしてしまう僕に比べて、彼女は変わらず美しく微笑みながら二人を見つめている。
「とくに有名じゃないならもうよくない?」
「じゃあ行くか」
あっさりと二人は出て行く。
ようやく静かになった空間に肩の力を抜く。
静かになると雨音に気付いた。
外は雨が降っていたようだ。
彼女の元へ行き、正面のソファに腰を下ろす。
額縁の向こうで、今日も彼女は日差しを浴びて微笑んでいる。
作者不明のため描かれた女性の情報を示すものはない。
それでも良い。
ただ分かるのは彼女は今日も明日も、そして僕が死んだあとも美しいということだけだ。
突然の別れ
どうして。
どうして。
どうして。
何度も問いかける。
何度も神様に祈る。
けれど、現実は変わらない。
重く冷たい霊安室で、真っ白なシーツに包まれた君に縋り付く。
もう、どうしたの。
記憶の中の君が淡く笑う。
覚えていたはずの君の温もりが凍えていく。
くだらない喧嘩をした。
始まりなんて思い出せないくらい、くだらないものだった。
言葉にならない後悔と悲しみが、涙と嗚咽になって君に降り注ぐ。
本当なら君の好きなケーキを買って、謝っているはずだった。
謝る俺を、許さないからなんて君は怒ったフリをするけれど。
なんだかんだでいつも許してくれるから。
そんな君に甘えていた自分を許せない。
君が許してれなきゃ俺は、ずっと俺を許せないよ。