日陰
ひっそりと生きられたらいい…子供の頃から、そう思っていた…吃音で、不器用で、運動音痴で、勉強も駄目…長所なんて、自分では思い付かない位、つまらない人間だと知っている…
そんな私だから、なるべく目立たない様に、心掛けてきた…向日葵の様な明るさに、憧憬乍ら、苔みたいに…忘れられた、否、誰にも気付かれずに、ひっそりと、過ごしたい…
帽子かぶって
何時以来だろう…ずっとむかし、多分、未だ小学校に上がる前だったと思う…
冬になると、緑のセーターに、茶色の毛糸の帽子で、公園を走り回っていた…
古いアルバムに残る、セピア色の写真には、妹や弟と写っている…ほっぺたが真っ赤で、ちょっと緊張したような、照れた様な顔をしている…
久しぶりに見た、幼い頃の自分が懐かしくて、つい、毛糸の帽子を手にした…雪がチラつく風の中、ちょっとだけ、暖かく感じた…
小さな勇気
あの時、もう少しだけ…勇気があったなら…何度も、あの日のあなたが、浮かんでくる…
どんなに、悔やんでも、あの日には、戻れ無いことも解ってはいるけれど…
あの日、あなたから、遠くへ行く事を聞いて、何も言えなくて…心の中では、
行かないで
って叫んでいたのに、言葉に出来なくて…あなたの背中を滲む瞳で、見送るしか出来なくて…
もう、遠い記憶なのに、今でも、夢に見てしまう…
あの時、もう少しだけ…
わぁ!
叫びたい…何故…
でも、喉元迄上がって来ているのに、声にならない…何時もと変わらない、この景色なのに、一つだけ除いて…
昨日迄、何時も一緒にいたあなたが…ぽっかり空いた私の隣…何時もの癖で、手を伸ばして見ても、掌は、宙を掴むばかりで…
あなたの居ない、これからの時間…この気持ち、どうすれば…
終わらない物語
突然の雨で、昇降口で雨宿りする事に…天気予報では、夜遅くになっていた筈なのに…溜息をつきながら、少し暗い雨空を見上げていた…
不図、雨宿りした下人の話しを思い出した…行く宛のない下人が、荒れ果てた門の下で、思案した挙げ句…勿論、そんな物語とは無縁だけど、こんな一人ぼっちの雨止み待ちは、説明出来ない不安に包まれてしまう…
そんな、センチメンタルな心持ちで、降り止まない景色が、突然遮られた…振り向くと、そこにいたのは、不器用に微笑むあなたが…空色の傘を拡げている…
一緒に帰ろうよ…
そう言ってるみたいに…