お題:!マークじゃ足りない感情
いやそんなマークごときで足りる感情なんてこの世に一つも存在しないんじゃ!!!!!!!!!!!!!!!!!
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反例
幼かった頃の僕の世界では
言葉にならないもので溢れていたのに
ママやパパから始まった言葉たちを
知っていけばいくほど賢くなって
世界を言葉にできるようになっていた
今じゃこんな文章も書けるようになったのに
それでも言葉にできないものはなんだろう
言葉にできないものと言葉にできているのに
それでも足りていないと感じるのはなぜだろう
そう感じさせる僕の何かが原因で
本当は何でも言葉にできるのかもしれない
始めは全てが言葉にならなかったのに
どんどん言葉できてしまったのは
僕の何かが幼かったからだろう
言葉を知って暮らしていくと
言葉にさせたくない何かが現れて
僕から幼さを奪っては足りなさを与える
それでも言葉しなきゃいけないこともあって
その度に足りなさを引きずる心が痛い
その痛みもママとパパは知っていたのに
それでも僕に言葉を与えて名前を呼ばせた
だけど痛みを知っても言葉をやめないのは
きっとそれ以上の何かが言葉にはあると思うからだ
そう信じて今日もこうして言葉を使う
言葉には言葉にならないものがあると信じている
「インターネットがある世の中でこうして巡り合えたことに感謝します。あなたの幸運を祈ります。良き人生を。」
砂浜で目に付いた波にさらわれた手紙が入ったボトル。
それを手に取り中の手紙を広げて読むと綺麗な手書きでそのようにメッセージが綴られていた。
スマホが当たり前の現代であえてのメッセージボトル。
知らない誰かの言葉で私はロマンチックな気分になり太陽を反射し綺麗に輝く淡い色のボトルと共にこの手紙を宝物として持ち帰ることを決めた。
どんな人がこんな素敵な手紙を書いたんだろう…
そう思いを馳せていると手紙の裏側にも何かが書かれていること気が付き急いで目を向けた。
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「インターネットがある世の中でこうして巡り合えたことに感謝します。」
表に書いてあったメッセージの真意を理解した私は宝物をすぐに引き裂いて地面に叩きつけ砂浜を後にした。
青春時代の記憶は眩しく
眩しいが故に上手く思い出せない
それでもなんとか記憶をたどって
その光源を探してみたが
意中だったあの子 と 担任のすかすかヘアースタイル
その2つしか浮かばなくて
今は青春時代が本当に眩しかったのかを疑い始めてるとこ
そもそも幸せって言葉を作って
人は何をしたかったんだろう
現代だと哲学的大喜利のお題になってるけど
もともとは何のためにできた言葉なんだろう
それこそ幸せになる為に幸せは作られた言葉なんだろうか