手をかけた。
今日で終わるこの仕草に、人は悲しみを覚えるのだろうか。
…人じゃない私には分からないけれど。
悲しみを覚えるように願いながら、途中で最後の日付をめくる。
昨日、遂に訪れた。
世界の転換期。
一番にあの子が消えたのだから、次は――
カレンダーを置いた。
最初で最後の祈りを捧げるため、私は家を後にする。
いずれ風化するであろう家を後にした。
そして私は
手をかけた。
不思議と息苦しさはなかった。
だって私は
人じゃなかったから。
カレンダーのように、
消耗品だから。
ぽつぽつと弱い雨が、病室の窓から降ってきていた。
その雨さえも愛おしいかのように笑う君に、明日の保証はない。
彼女は告げられた期限をとっくに越していたからだ。
…だんだんと細くなる指も
だんだんと弱々しくなっていく声も。
赤く腫れた目元にも、
私は全部気付いていた。
君も知っているのだと分かっていた。
だから私は未来を話す。
君の見れない未来を話す。
「明日、もし晴れたら。花見に行こう」
そう、確証のない未来を話す。
その瞬間だけでも君が未来を見れるように。
…その瞬間だけでも君が未来を生きれるように。
私は今日も口を開いた。
明日、もし晴れたら。って。
ある夏、君が死んだ。
何の前触れもなく、ただ水に溶けるかのように静かに死んだ。
君の葬式は粛々と行われ、誰も何も触れないままで一年が経った。
君は自殺ではないというけれど。
事故死だから不可抗力だと言うけれど。
私の心には深い傷が残ったんだ。
…深い海が出来上がったんだ。
こんな状態じゃ、君に会えないよ。
こんな状態じゃあ、何も話せないんだよ。
だから、一人でいたい。
「心から愛するって難しいけどさ、その言葉を発する時だけは本心で言えたら良いよね」
大人ぶった事を言ったあの子は今、この世にはいない。
君の最期の言葉を思い出す。
「愛してるって言えたら良かったのに」
君は誰かを愛せなかった。
だけど僕は君に言えるよ。
「愛してる」
例え嵐が来ようとも、
例え人類が滅びようとも、
例え世界が滅亡しようとも。
僕は君を愛しているよ。