甘美な毒を撒く悪の花
あれは間違いなく世界の敵なのだろう
鉢に囚われ愛でられることを忌み嫌った花は
けれど誰よりも囚われていた
慈雨を憎み、風に殴り掛かった猛き背は
幾星霜を越えてなおこの瞼に焼き付いて
蕩ける愛に偽りはなく、狂った秤に高笑い
恠恠奇奇をも引き連れた
世界の中の花ではなく、花こそが世界なのだと
砕かれ潰れた残骸へ、せめてお前の望む雨を降らそう
過ぎた炎は我が身をも燃やす
構わないさ
壊れた車輪と剥き出しの白
首が見つからないのだと、太陽が嘆く
吐き出す宝に価値はなく
差し出す愛に報いはない
あんな空虚が終わるなら
誓いも誇りも焼き尽くそう
地獄を呑み、骨になるまで歩いてやろう
閃光、滲む光に虹を見た
幾星霜、聞き手のいない神話を歌いながら
有り得ざる再会、ひとときの夢を
躍動する一矢となれる時を待ち侘びる
焦土の墓から、蕾が一つ
祝福無くともやがて咲く
(もう二度と)
半開きのカーテンから覗き見る鈍色の空
じきに雨が降り出すだろう
君はまだ帰らない
並んだ傘が手持ち無沙汰に佇んでいる
割れたグラスは昨日の名残り
突き刺さった涙が抜けないまま、僕はまた待ちぼうけ
素直な言葉だけが喉に詰まって
余計な言葉は空気より軽い
容易く人を殺せる不可視の刃
傷付けるつもりなんてなかったんだ
薄暗い部屋で呟いても、もう遅くて
淀んだ心が降り止まない
君はまだ帰らない、もう帰らないかもしれない
考え出したら傷口がじくじくと痛んで
結局僕は、いつかの春先、君の笑顔まで帰ってくる
やがて雨は降り出した
窓を打つ音、片足に靴を引っ掛けた僕
勢いのあまり傘は犠牲になったけれど
目を皿にした君
右腕に引っ掛けたストールは水を吸って
四角い箱を健気に守っていた
中身は間違いなく、そう、甘い甘いロールケーキ
今回だけなんて言いながらフォークを差し出す
君の笑顔を迎えに行こう
重なる言葉、ごめんなさいから今日が始まる
(雲り)
色褪せた視界に青が横切る
手放した故郷を、あるいは揺るがぬ背を思い出す
迷路のような路地の裏、細道の先
忘れ去られた踊り場で
馬鹿みたいにくるくる回った
まるで不出来な玩具
埃を被って見向きもされない
子どものような夢を語った無秩序の群れ
あと一歩、届かなかった
壊れたビデオのように記憶が回る
繰り返し辿る、取り零した栄光の欠片
沸騰した血が溢れ出す
埋まらない隙間を埋めようと足掻く雑音
少し静かにしてくれないか
よく聞こえないんだ、波の音が、彼等の声が
今にも青が墜落してきそうだ
ああ、ずっと側にいてくれたのだな
ありったけの愛を込め、小さな手を振り払った
掴めない手を伸ばす
歩けない足で踏み出す
残すものはない
いざ
天使の待つ壇上に背を向け、地獄の門を潜ろうか
(bye bye...)
満月を望み、そして恐れた
誰にも見せまいと閉じ籠った暗い夜に
雲間を切り裂いたエンジェルラダー
朝を連れてきたお前は、ただ微笑んで駆けていく
張り裂けるほど叫んでも、遠い背は止まらない
この声が聞こえないのか
聞こえるはずもないか
焦がれた首はこの腕の中、転がっていたのだから
見ないでくれ、微笑まないで
私を信じないでほしい
明けし向日葵はひたむきに、そして強く揺らがず
扉をこじ開けこの手を引いた
思い知った、それはもう焦げるほど焼かれた
花は太陽だけでなく月をも見つめるのだと
夜を暴かれるのが恐ろしかった
月が欠けるのを認めたくなかった
この恥を受け入れ、私は立つ
おはよう、調子はどうか
言葉を交わせば、追い抜く橙のウィンクが見えた
あの日のように微笑んだお前へ
宣戦布告を贈ろうか
これは新たな戦い、そして新たな私の第一歩
二人きり火花を散らせば、やがて空は晴れるだろう
指先に灯る熱を分け合うのも悪くない
空を映す白銀に、指を通して問い掛けてみる
(手を繋いで)
肌を刺す砂塵
負けず劣らず星屑は煌めく
拡散する光が私を惑わせる
正しさ、過ち、救いと咎
語る口が多過ぎて、何も聞き取れなくて
歪な器から溢れていく
穴だらけで鉄臭い
汚れた手を潜り抜けて、星の欠片が針となる
罪を継いだ子どもは、命辛々
茫漠たる旅路を往く
求めたのはひとつだけ
背負う覚悟は決めていた
愛を与えられなかった者が
愛を与えることが出来るだろうか
赦されなくても、赦すことは出来るか
応える声はいずれ内から溢れるだろう
夜が更けて
ただ地平線の彼方に、在りし日の幻影を見た
(どこ?)