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12/15/2025, 2:12:05 PM

2 「明日への光」

僕には「明日になれば」と言う癖があった。
便利な言葉だった。今日を片づけなくて済む。失敗も、決断も、すべて明日に送れる。

机の上には、未提出の書類。
携帯には、返していない連絡。
どれも致命傷ではない。ただ、少しずつ鈍らせていく。

ある日、父が倒れた。
病室は白く、時間だけがやけに正確だった。
医師は「もっと早ければ」と言わなかった。ただ淡々と説明した。それが一番残酷だった。

帰り道、夕焼けが街を照らしていた。
人々は立ち止まらない。光は進行方向にあるものだと、誰もが知っているからだ。

歩き出そうとして、やめた。
今日が、音を立てて崩れている気がした。

その瞬間、はっきり理解した。

明日の光とは希望ではない。
過ぎ去っていく今日を呑み込み、錆びつかせていく猛毒だ。

希望だと思っていたものは、実際には猶予だった。
猶予は行動を遅らせ、遅れは腐食を呼ぶ。

僕は携帯を取り出し、溜まっていた連絡に一つずつ返事をした。
完璧な言葉ではない。取り返しもつかない。
それでも、今日に触れたという感触だけが残った。

空はもう暗かった。
だが僕は知った。
光が消えたのではない。
光を追うのをやめただけだ。

12/14/2025, 5:36:34 PM

1「星になる」

その鳥は、名前を持たなかった。
王都の塔の上、誰も使わなくなった天文台の欄干に止まり、毎晩、空を見ていた。

羽は灰色。鳴き声は弱く、群れの中では目立たない。
狩りは遅く、渡りの時期も外す。
空を飛べるのに、どこにも属せなかった。

この世界では、星は神の言葉だと言われている。
夜空に浮かぶ光は、死んだ者の魂が天へ還った証。
だから誰もが星に祈り、星に意味を求める。

だが鳥は、意味を求めなかった。
ただ、地上よりも空のほうが静かだと知っていただけだ。

その夜、百年に一度の「落星祭」が始まった。
空を裂く光を見れば、願いが叶うという。
人々は塔の下で酒を飲み、歌い、未来を語っていた。

鳥は、欄干の先へ歩いた。
羽を広げると、風が応えた。
恐怖はなかった。あるのは、奇妙な納得だけだった。

――ここではない、どこかへ。

鳥は飛んだ。
いや、飛んだのではない。
落ちたのだ。

地面へ向かう途中、身体が熱を帯び、羽がほどけ、形が崩れていく。
重さは消え、意識は光に変わった。

夜空を貫く一筋の流星。
それは神でも奇跡でもない。
ただ、一羽の鳥が、空に還った痕跡だった。

人々は歓声を上げ、願いを叫んだ。

翌朝、天文台の欄干には、灰色の羽が一枚残っていた。
掃除係がそれを拾い、風に任せて落とした。

夜になると、空の一角に、妙に瞬く小さな星が現れた。
群れにも王にも神にも属さない、孤独な光。

鳥はもう、飛ばない。
探さない。
選ばれないことに、嘆きもしない。

ただ燃え続ける。
誰かが見上げる、その一瞬のためだけに。

名もなき鳥は、星になった。