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4/19/2026, 12:42:06 PM

『超かぐや姫!』レビュー

クソつまらん。

本作の最大の問題は、映画として自立していない点にある。
Netflixで先行配信されたアニメの手帳持ち一歩手前の脳ドロドロのほんの一部の視聴者には既存の文脈と愛着があるため感動できる可能性が僅かにあるが、純粋に映画単体として見ると「知らないキャラクターの総集編ダイジェスト」を見せられている感覚に陥る。感動の手続きが省略されたまま、クライマックスだけが押しつけられる構造だ。
設定と描写の乖離も深刻で、「貧乏で多忙な女子高生」という主人公の設定がありながら、部屋にはモンスターエナジーの缶が山積みされ、三画面モニターが鎮座しているなど、設定が記号として貼り付けられているだけで、それを裏付ける生活描写が存在しない。キャラクターが状況に規定されているのではなく、状況がキャラクターに乗せられているだけだ。
戦闘シーンは作画の自己目的化に終始している。知らないゲームの知らないフィールドで、知らない技を使って知らない相手と戦う。感情的な文脈が一切ないため、どれだけ作画が優れていても無重力で、何が起きても響かない。
挿入歌も物語と断絶している。ボカロ曲の知名度と楽曲クオリティに乗っかっているだけで、歌詞とシーンの感情が有機的に結びついていない。結果としてBGM以下、むしろ物語の流れを分断する要素になっている。
総じて本作は、設定が描写に裏付けられず、感情が手続きを踏まず、音楽が文脈と切り離されている。世間の高評価は既存ファンの文脈補完によるものが大きく、映画単体の完成度への評価とは切り離して見る必要がある。​​​​​​​​​​​​​​​​

3/9/2026, 7:39:48 PM


母が死んでから、実家の時計はすべて止まっている。
誰が止めたのかは知らない。気づいたときにはもうそうなっていた。台所の丸時計も、居間の柱時計も、洗面所の小さな置き時計も、針を同じ場所で固定されたまま埃をかぶっている。時刻はどれも違う。それぞれが別々の瞬間を抱えて、黙っている。
私は盆に帰省するたびに、それを直そうとして、直せないまま東京に戻る。
今年の夏も、同じだった。
新幹線を降りると、むっとした熱気が体を包んだ。駅前のロータリーには変わらずタクシーが並んでいて、変わらずセミが鳴いていて、ただ薬局が一軒、コンビニに変わっていた。それだけが違った。
実家は駅から二十分ほど歩いたところにある。かつては自転車で走った道を、今は重いバッグを持って歩く。途中にある神社の石段は、子供のころよりずっと低く見えた。何かが縮んだのか、私が大きくなったのか、それとも単に記憶が盛っていただけなのか。
玄関を開けると、懐かしい匂いがした。
母の匂いではない。もっと古い、家そのものの匂いだ。木と畳と、少しの黴と、長い年月が積み重なった匂い。私はいつもそこで一瞬だけ立ち止まる。靴を脱ぎながら、何かを思い出しかけて、思い出せないまま上がる。
父はリビングでテレビを見ていた。音量が大きい。耳が遠くなったのだ。
「おう」と父は言った。それだけだった。私も「ただいま」とだけ言った。私たちはもう長いこと、必要なこと以外を話さない。それが冷たいのかどうか、私には判断がつかない。もともとそういう家族だったような気もするし、何かを失った結果そうなったような気もする。
台所に行って麦茶を作った。母がいつも作っていたのと同じやり方で、パックを三つ入れて、冷蔵庫で冷やす。誰かに習ったわけでもないのに、体が覚えている。
夕方、仏壇に線香を上げた。
母の写真は、笑っていない。笑っていないが、穏やかだ。葬式の前日に父が選んだ一枚で、私は最初それが母らしくないと思った。母はよく笑う人だった。でも今は、この写真が正しいような気がする。笑っていないほうが、長く見ていられる。笑顔は何かを要求してくる。穏やかな顔は、ただそこにいる。
線香の煙が細く立ち上がって、天井に向かって薄れていった。
夜、眠れなかった。
子供のころ使っていた部屋に布団を敷いて横になると、天井のシミがそのままあった。右上のあたりに、島みたいな形のシミ。小学生のころ、雨の日に眺めながらそれが何に見えるかを考えた。クジラに見えたり、靴に見えたり、何にも見えなかったりした。今夜も同じように眺めてみる。今日はただの染みに見えた。
どこかで風鈴が鳴った。細い音が一度だけ鳴って、それきり聞こえなくなった。私はその音が消えた後の静けさの中に、しばらくいた。
過ぎ去ったものは、なくなるのではない、と思った。ただ形を変えて、どこかにある。水に溶けた塩のように、見えなくなるだけで、確かにそこにある。それを信じるかどうかは別として、そう思うと少しだけ楽になれた。
翌朝、早く目が覚めた。
縁側に出ると、庭の朝顔がまだ咲いていた。母が毎年植えていたもので、父が今も続けているらしい。濃い青と、薄い紫と、白が混じって、露をつけたまま朝の光の中にあった。
見ていると、少しずつ閉じていった。
父が台所で動く音がした。ガスに火をつける音、やかんを置く音。私は縁側からそれを聞いていた。特別なことは何もない朝だった。でも私はなぜか、この朝のことは忘れないような気がした。
忘れない、と思った瞬間、もうそれは過去になりはじめている。
東京に戻る新幹線の中で、私はずっと窓の外を見ていた。
田んぼと、山の端と、川と、工場と、住宅地と、またトンネルと。速すぎてどれも名前をつける前に消えていく。
実家の時計は、今年も直せなかった。
来年も直せないだろう、と思う。そしてそれでいいような気も、少しだけする。止まった時間の中に、何かが保たれている。動き出したら、それは流れていってしまう。流れていくことは、消えることではないけれど、手の届かないところへ行ってしまうことではある。
水の底に沈んだものは、静かだ。揺れない。光だけが、上から差し込んでくる。
私はそういうものたちのことを、時々思う。

2/16/2026, 7:50:51 PM

誰よりも

断言しておこう。私はこの地上において、誰よりも「誰よりも」を多用する人間である。
誰よりも深く考え、誰よりも鋭く洞察し、誰よりも高邁な精神を有し、誰よりも人類の未来を憂いている。これが私の自己認識であり、いかなる異議申し立ても受け付けない。受け付ける窓口が存在しない。設置する予定もない。
問題はただひとつ。誰よりもを誰よりも多く使ってきたにも関わらず、これまでの人生において「誰よりも」が事実として成立したことが、精査の結果、ただの一度もなかったという点である。
これはいったいいかなる因果か。

子供の頃の私は誰よりも足が速かった。正確に述べると、誰よりも足が速いと信じていた。運動会の五十メートル走において私は渾身の魂を両の足に込め、天賦の才を世に知らしめんと号砲とともに飛び出した。結果は六人中五位であった。六位はアスカという名の負け犬であった。アスカは途中で蝶を追いかけて失格となったため、実質的な順位については各自で判断されたい。

高校生の頃の私は誰よりも勉強ができた。これも正確に述べると、誰よりも勉強ができると信じていた。定期試験の前夜、私は机に向かい、教科書を開き、シャーペンを握り、そして翌朝、教科書の上に突っ伏した状態で母親に発見された。私の脳は勉強の準備を整えた瞬間に深い眠りを選んだのである。なんと賢明な脳であろうか。しかし賢明なのは脳だけであって、テストの結果については語るに足りない。

恋愛においても私は誰よりも情熱的であった。意中の女性に手紙を書いた。三週間推敲した。推敲に推敲を重ねた末に完成した書面は、書き出しの時候の挨拶だけで原稿用紙二枚を要する威容を誇り、本題に辿り着く前に相手は引っ越した。文は人なりとはよく言ったものである。私という人間のすべてが、あの手紙に詰まっていた。

しかし私は挫けない。
なぜなら私は誰よりも不屈の精神を持っているからである。これについてはさすがに事実だと思う。根拠はないが確信がある。根拠のない確信とは、言い換えれば信仰である。私は私という宗教の熱心な信者であり、教祖であり、唯一の氏子でもある。
友人はそんな私を見て「お前ほど自分を買いかぶっている人間を見たことがない」と言った。
私はその言葉を聞いて深く考えた。
そうか。私は誰よりも自分を買いかぶる人間でもあるのか。
ひとつ増えた。​​​​​​​​​​​​​​​​

2/10/2026, 11:00:42 AM

六本木インデックス!!!
死か!!!
ふぃぃいぃおあお!!!

れらられれらむにたほたは死んだ!!!

2/9/2026, 5:24:55 PM






「貴様が王か」
眼前の男前——《全次元防衛連合評議会直属
対終末存在特別対応局兼歴史改竄監査部門附属武装教義機関の癇癪玉兼マスコット》マイケル・マイケルは問いかけた。
「もちろん、スマイルだ」
そう答えるのと同時に口から《原始聖魔導神炎帝極黒雷剣アルターゴッドオブサンダーロードフレイムブレイド・アルティメットハイパーウルトラメサイア》を抜き放ち、空中の《最終兵器のおかあさん》アルテアに斬りかかると見せかけ本当に振りかぶると見せかけ逃げるふりをすると見せかけ本当に逃げてから華麗なUターンを決め《九頭龍山の巨神兵》ホニに斬りかかるふりをして通り過ぎ通り過ぎてしまったためまたもや華麗なUターンを決めつつ三回転をしながら《黒煙大魔王国皇太子の嫁の甥の息子の友達のペット》キャラメルポップコーンを斬りつけるふりをして《七界終焉観測者=万象破砕の継承者にして暁哭の血統を束ねし最後の人類代表アーク=ヴァルド・クロノ・エル=グランディオス・第九改暦正式登録名完全体》に最終奥義—これは特級魔法である「ドラゴニックソニックブラスト」を禁呪である「フラージーア・デンタルケア」により口元を爽やかにし、特級魔法「フラクタル・ディメンション・パラサイト・ルーギアス・ユークリッド・ファンファーレ」により見た目を華やかにすることによって完成した「ドラゴニックソニックブラスト・フラジーア・デンタルケア・フラクタル・ディメンション・パラサイト・ルーギアス・ユークリッド・ファンファーレ」をさらに43倍濃縮のめんつゆ☆スペシャルで割り、体内にて90年熟成することで使用可能になった「スマイル」は郷里の群馬の不毛な大地を光で満たしたとされているが、90年経っていないので使えることを思い出すまでもなく「スマイル」を放つと私は死んだ。
「チキンはいかがかな」
そう問いかけたのは《世界料理選手権・二回戦の門番》プリモ・エルサントスだ。
「くれ」
私が答えると
「死ねぇい!!!!」
と土下座をしてきたのでそれを横目に《原初混沌螺旋絶滅概念統合存在虚無胎動災厄王ノー・ネームド・アビス=ゼロ=カタストロフィ・オメガ・リザレクション》を召喚するふりをしながら目を覚ますと思いきや瞬きをすると世界の半分はスマホで埋め尽くされており、結婚式に出席すると私は死んだと見せかけてマイケルに魔法を放つために全裸になって空中平泳ぎを披露しながら
今こそ全力のありがとうを放つ時!!!
《万象再構築・時間逆流・存在否定・魂量子分解同時実行型最終禁忌魔導式アルティメット・リライト・オブ・ゴッド・プロトコル》を発動するふりをして
私は横になり「チキン」を読み始めた。

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