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No.4どこにも書けないこと

私には誰にも言えないことがある。
もっとも、それは殺人の告白でもなければ、国家転覆の陰謀でもない。せいぜいが私という人間の器の小ささと、誇りの所在がやや奇妙な位置にあるという事実に関することである。

私は朝、目覚まし時計よりも先に目を覚ます。これは自慢していい。人間の価値は目覚まし時計に依存していない割合で決まる、と私は勝手に定義しているからだ。
問題はその後である。私は目を覚ました瞬間から、今日一日で犯すであろう失敗の総量を直感的に把握してしまう。天気予報よりも精度が高い。しかも外れない。外れてほしい。

洗面所の鏡に映る私は、毎朝少しずつ昨日の私に似てきている。進化ではない。反復である。
「お前は今日も大したことをしない」
鏡の中の私はそう言っているように見える。実際は何も言っていない。ただのガラスだ。しかし私はガラス相手に論破され続けている。

通勤路では、私は世界の中心人物として歩いている。頭の中では。
現実の私は人波に押され、リュックのファスナーを他人の肘で開けられ、人生観が二段階ほど後退する。
それでも私は高貴である。高貴さは内面装備であり、現実の干渉を受けにくい。

職場の会議で、私は発言の機会を待つ。
いや、正確には「完璧な発言」を待つ。
頭の中では論理はすでに完成している。序論、比喩、皮肉、着地まで美しい放物線を描いている。ノーベル賞が待っている。
しかし口を開く前に、話題は次に移る。
論理の破綻した発言をするくらいならば、私は栄誉ある沈黙を選択する。
私の脳内にだけ、使われなかった名文が積み上がっていく。これは一種の文化遺産だが、指定される見込みはない。

昼食時、私は安い定食を前にして哲学者になる。
なぜこの唐揚げは二度揚げされたのか。
なぜ私の人生は一度も揚がらないのか。
隣の席では誰かが笑っている。理由は分からないが、たぶん私の人生とは無関係だ。それが分かるだけで安心する。

午後、私は些細な成功を収める。
コピー機が一発で動いた。
エレベーターのボタンを押した瞬間に扉が閉まった。
こういう小さな勝利を私は誰にも言えない。言えば笑われる。しかし言わなければ、私は今日一日何一つ成し遂げなかったことになる。
だから私は心の中で表彰式を開く。拍手は盛大だ。受賞者は私一人である。

夕方、私は友人とすれ違う。
友人は相変わらず要領よく生きている。説明できないが、そういう顔をしている。
彼は私に挨拶をする。私は一拍遅れて返す。その一拍の間に、私の脳内では三通りの挨拶案が却下されている。
沈黙は金だと言うが、私の沈黙は不良債権だ。

夜、部屋に戻ると、私は今日の総括を行う。
今日も世界は滅びなかった。私のおかげではない。
今日も私は大成功しなかった。これも私のせいではない。
ベッドに横になり、天井を見る。天井は何も語らない。利口である。

ここで、誰にも言えないことを一つ白状しよう。
私は、自分が愚かで、臆病で、どうしようもなく滑稽だということを、かなり気に入っている。
もし私が完璧で、要領がよく、軽やかに世界を渡っていける人間だったら、こんなにも毎日を細かく観察しないだろう。
失敗を数え、沈黙を磨き、どうでもいいことに大仰な意味を与えることもない。

つまり私は、自分の無様さを燃料にして、かろうじて生きている。
これは誰にも言えない。
なぜなら、少し誇らしいからだ。

明日も私は目覚まし時計より先に目を覚ますだろう。
そしてまた、大したことをしない。
それでいい。
この程度の人生を、ここまで大げさに語れる人間は、そう多くない。

2/7/2026, 8:40:09 PM