No

Open App

1「星になる」

その鳥は、名前を持たなかった。
王都の塔の上、誰も使わなくなった天文台の欄干に止まり、毎晩、空を見ていた。

羽は灰色。鳴き声は弱く、群れの中では目立たない。
狩りは遅く、渡りの時期も外す。
空を飛べるのに、どこにも属せなかった。

この世界では、星は神の言葉だと言われている。
夜空に浮かぶ光は、死んだ者の魂が天へ還った証。
だから誰もが星に祈り、星に意味を求める。

だが鳥は、意味を求めなかった。
ただ、地上よりも空のほうが静かだと知っていただけだ。

その夜、百年に一度の「落星祭」が始まった。
空を裂く光を見れば、願いが叶うという。
人々は塔の下で酒を飲み、歌い、未来を語っていた。

鳥は、欄干の先へ歩いた。
羽を広げると、風が応えた。
恐怖はなかった。あるのは、奇妙な納得だけだった。

――ここではない、どこかへ。

鳥は飛んだ。
いや、飛んだのではない。
落ちたのだ。

地面へ向かう途中、身体が熱を帯び、羽がほどけ、形が崩れていく。
重さは消え、意識は光に変わった。

夜空を貫く一筋の流星。
それは神でも奇跡でもない。
ただ、一羽の鳥が、空に還った痕跡だった。

人々は歓声を上げ、願いを叫んだ。

翌朝、天文台の欄干には、灰色の羽が一枚残っていた。
掃除係がそれを拾い、風に任せて落とした。

夜になると、空の一角に、妙に瞬く小さな星が現れた。
群れにも王にも神にも属さない、孤独な光。

鳥はもう、飛ばない。
探さない。
選ばれないことに、嘆きもしない。

ただ燃え続ける。
誰かが見上げる、その一瞬のためだけに。

名もなき鳥は、星になった。

12/14/2025, 5:36:34 PM