「体重を減らしたいって訳じゃないんだよね?」
精神科の医師が念入りに確認する。
「はい…怖くて食べれないんです…」
男性なのに体重は36kgになっていた。
「うちは精神科だからさ、具体的な病名を書けないとどうしようもないんだよね」
どうやら拒食症には体重増加への不合理な恐怖が必要らしい。体重が減り続けるのは同じなのに、診断結果は本人の気持ち次第だ。
記憶のランタンに記述されているのは拒食症と摂食障害、あとは過食症。その他の名前のない苦しみをランタンが照らすことはない。ちょっと煤や埃が溜まっているな程度の認識だ。
誰にも理解されないSOS。
こうして人は追い詰められていくんだろうな。
題『記憶のランタン』
冬は餌の奪い合いだ。そのため競争率の低い食材を有効活用しなければならない。身体を丸めながら走る。氷点下-2度の風が剥き出しの顔に突き刺さる。走行フォームなんて気にしてられない。ガソリンを節約して近所のスーパーへと走る。安い白玉粉を買う。砂糖と水さえあれば電子レンジで餅が作れる。とにかく節約しなければ。生活費の高騰は止まらない。でも悲しいかな。私だけが節約しても変わらない。お願いだから娯楽費・食事量を抑えて。少しは我慢するという事を学んで。冬へ向けた意識改革を推奨する。
題『冬へ』
どうしてずっと上を向いてるの?
「うん…」
月を見上げながら答える。絞り出した無声音に言の葉が降りてくるまでに数秒かかった。
「羨ましいなって思って」
自然と涙が溢れていた。
こんなふうに考えるのも悪いんだろうけど、誰かに命令できる立場になってみたかったな。ジャイアンって分かるよね?ドラえもんに出てくる。あんな風にガキ大将みたいな事をしてみたかったな。
上を向いたまま話し続ける。
ほんと…どこで間違ったんだろうね。
転げ落ちた暗闇は深すぎて月の光も届かない。
題『君を照らす月』
私の車は車検に出しており、現在は代車が置かれている。図書館が開館するのは9:30の為、15分前に玄関を出る。しかし代車の鍵が見当たらず、木漏れ日の跡が押さえつけるようにトランクを照らしていた。後部座席には大量の雑誌が次々と乗り込んでいるところだった。日曜日の資源回収の為に、何の許可もなく台車は利用されていた。何処にも行く事が出来なくなった為、踵を返し、コタツに座って穏やかでない精神でぼーっとする。
「車使えないからさ、なんかゲームしよ?」
兄と予定していなかった時間を過ごす。
代車を物置代わりにした当人は、何車目かも分からない新車のアウディに乗って悠々と人気ラーメン店に向かった。
木漏れ日の跡はカーポートに遮られ、誰にも止めることは出来なかった。
題『木漏れ日の跡』
毎月10万円の養育費を払う。その約束は一回限りで打ち切られた。そもそも別居している時点で愛は冷めている。そんな相手に渡すくらいなら新生活のために使う。
「あの人は絶対に大丈夫だから。すごく優しいから」性善説は虚構だ。
フルタイムでダブルワークをしても生活ができない。子供はネグレスト状態で愛に飢えている。いずれ非行に走るかもしれない。
約束を守れない人は目先の生活しか見えておらず、その選択によって多くの尊い命と未来ある子供の将来が犠牲になることに気づかない。
ささやかな約束は池に投げ込んだ小石のように波紋を広げていく。
題『ささやかな約束』