6/17 お題「未来」
冷凍装置に寝かされながら、あたしはひょろりとした背の高いロボット―――ヌースに話しかけた。
「ねえ…。やっぱり寂しいよ、ヌースと会えなくなるのは」
「わかります。ですがあなたたちは皆の希望です」
大きな隕石の衝突によって、大気は汚染され、地上は全滅したという。特異体質ゆえに地下に閉じ込められていたあたしたちは、皮肉にもその環境―――マナと呼ばれた大気中の物質―――に適応した。
「いつかこの機械文明が滅び、あなたたちを起点とした魔法文明が興ります。私はその日を夢に見ていますよ」
閉じるカプセル。その窓から最後に見えたヌースのアイセンサーが、優しく微笑んでいるように感じられた。
あたしたちが次に目覚めた時には、どんな景色が広がっているのだろう。
(所要時間:10分)※構想除く
6/16 お題「1年前」
こんな事になるとは思わなかった。
友達だったんだ。1年前は。でも彼女は、友達でいることを拒絶した。
それから起きた事の数々は、私をぐちゃぐちゃにした。何もかもがひっくり返り、気が遠くなるほど目まぐるしい日々を過ごし、それでも何か確かなものが、徐々に、徐々に、私の中に積もって行った。
今、目の前の大きな鏡には、ウェディングドレス姿の彼女。そしてそれと並ぶ、ウェディングドレス姿の私。
「綺麗だよ」
目を細めて笑み、そっとヴェールをめくって、彼女は私にキスをした。
(所要時間:11分)
6/15 お題「好きな本」
「『こーじえん』です」
あずみは先生にそう答えた。オレはそれを上手く聞き取れたのかどうか、まるっきり自信がない。だから帰って早速ママに聞いた。
「ママさぁ、"こーじえん"って知ってる?」
「広辞苑? うん。辞書でしょ?」
じしょ。
……辞書!?
あずみのヤツ、辞書なんか好きなの!?
「イミわかんねー…」
折角だから読んでおこうと思った本が、よりによって辞書。オレは自室の机に突っ伏した。
翌日。
「ねえ、カツ」
「なんだよ」
「昨日言ってた『きめつのやいば』って本、どういうふうに面白いのか教えてよ」
「え、読んだことねーの? 貸す?」
「マジで!? サンキュ!」
喜ぶあずみに、コイツほんと変なヤツだなと思う。
この直後にオレは、「じゃあ『広辞苑』貸す?」と言われて返答に詰まることになる。
(所要時間:14分)
6/14 お題「あいまいな空」
雲ひとつない青空ならぬ、青ひとつない曇り空だった。午前中から、小雨が降ったり止んだりを繰り返している。昼まで待ったが晴れることはなさそうだ。旅立ちには微妙な天気と言わざるを得ない。
「じゃあ、行ってくるよ」
「いつ帰ってくるの?」
「いつかなぁ」
正直に言ってから、これではまずいと気づいた。
「まあ2ヶ月もすれば帰って来れるかな」
密命がある。2ヶ月で帰ってこれるはずはない。下手をすれば一生だ。
「姉ちゃん…」
不安げな弟の頭をなで、青空のような笑みを見せて、親指を立てた。
「次会う時までいい子にしてるんだよ」
「…うん!」
つられたように笑顔になる弟に、背を向けて駆け出す。振り向かない。
あいまいな空が、精一杯隠した心を映していた。
(所要時間:10分)
6/13 お題「あじさい」
漢字でどう書くんだっけ。紫の…花の…、………。
―――紫陽花、だよ。
ぬ。また読んだな?
―――だって勝手に流れ込んでくるんだもん。それに、お互い様じゃん。
まあね。でもさ、何でもかんでも読まれるのはいい気分じゃないよ。
―――何でもかんでもじゃないよ。
うーん…、まあいいか。ちょっと疲れた。休む。
―――うん、お休み。
ベッドの少女が目を閉じたのを確認したように、彼女から伸びた様々なコードが繋がれているディスプレイの文字が消えた。
窓の外は雨、色とりどりのあじさいが揺れている。
この狭い実験室に陽が差す日は当分来ない。
(所要時間:12分)