5/28 お題「半袖」
信じられなかった。ここの人間は肌を露出している。顔、首、手、腕、脚。中には上半身裸で寛ぐ男までいる。
「あなたの国では考えられない光景でしょう?」
馬車の振動に揺られながら、隣の女が笑む。
「顔を出せとまでは言わないけれど。郷に入っては郷に従え、あなたも少しだけ歩み寄ってくれないかな」
手渡されたのは上着。途中までしか袖がない。彼らが着ているものと同じだ。
「今の季節は暑くなるから、あなたの体にとっても悪くないと思うし」
考えておく、と返して上着を膝に置いた。馬車は元首のもとへと坂を登り始める。
(所要時間:28分)
5/27 お題「天国と地獄」
ようこそいらっしゃいました、29843356287663番目のお客様!
ここでは貴方様の好きなように暮らすことができます。一日中だらだらするもよし、好きな物を好きなだけ食べるもよし。誰と愛し合うもよし、殴り合うもよし。何をしても構いません。永遠に遊んでいられますよ!
節制? 秩序? いえいえ、生前の貴方様がそれを十二分に守ってきたからこそ、貴方様は今ここにいられるのです。
罪? そんな概念は忘れましょう、忘れましょう!
では、改めまして。
ようこそ、「天獄」へ!
(所要時間:8分)
5/26 お題「月に願いを」
もうすぐ。もうすぐだ。
生贄の壇に跪かされても、僕は月を見上げるのをやめなかった。唇から笑みがこぼれる。村人たちは気が狂ったものと思うだろう。
突如、闇が風を纏い、辺りを薙ぎ払った。恐れおののき、這うように逃げていく村人たち。
僕の前で動きを止めた闇は、月を背後にゆっくりと立ち上がる。逆立った毛が風になびく。金色の瞳が僕を見下ろす。
唸り声にしか聞こえないそれを、僕の耳ははっきりと聞き取った。
「待たせた」
眩しいほどの月光を浴びて、僕はにっこりと笑んだ。
「待ってた」
僕の、新しい旅路のパートナー。
(所要時間:11分)
5/26 お題「いつまでも降り止まない、雨」
土砂降りの雨に打たれどのくらい経ったか。隣に人の気配を感じ、何気なく声をかけた。
「止みませんね」
「えっ?」
若い女性はひどく驚いた様子だ。私は付け加える。
「雨が」
「あめ、……ですか?」
彼女は訝しげに私を見ている。その手に傘はない。
これは夢か、と私は悟った。
この夢の中では常に降り続けているがゆえに雨という現象そのものの認識がないのか、はたまた激しく打たれているのは私だけで彼女の上には降っていないのか、ともかく視界が遮られるほどの雨で私には判断がつかない。
ふと、人生もそんなものかも知れないと思った。自分一人だけが雨の中にあり、他人にはわからない。逆もしかりだ。
「すみません、こっちの話でした」
「あ、はあ…」
女性は曖昧な返事で作り笑いをした。
ひとつ幸いがあるとすれば、私は雨がそう嫌いではない。傘がなくても絶望しない。
目が覚めたら窓を開けよう。晴れでも雨でも曇でも。
(所要時間:17分)
5/24 お題「あの頃の不安だった私へ」
やあ。元気にしてるかい?
そんなわけないよね。君は人の声を聴くことなんてできないくらい大変だったんだから。いつだって、不安と恐怖に押しつぶされて、起き上がることすらできなかったんだから。
でも聴いて。伝えたいのは、ひとつだけ。
今の君のただひとつの願いは、打ち砕かれる。粉々にね。
君はやがて、学校に戻って、ギリギリの成績で卒業して、そこそこの仕事をして、大切なパートナーを得て、何となく、何となくだけど、それなりに幸せでいる。
だからね。もう、死を願うのは諦めて。
(所要時間:10分)