左様なら

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7/29/2024, 7:09:12 PM

嵐が来ようとも、凪が訪れようとも、箱庭に在る彼女は変わりない。天候に弄ばれている俺をひと笑いもしない。確かに窓辺の安楽椅子に腰掛け、外を眺めているのに。
であれば、あの丁寧に磨かれたエメラルドの如き瞳は、一体外の何を眺めていると言うのだろう。今の庭で一等目立っている俺を眺めないで、一体何に心を動かすと言うのだろう。そう考えれば考えるほど、俺は彼女の事が好きになって行ってしまう。
…………という所まで想像して、僕は目の前の現実に意識を戻した。左手に持った鎌で、目の前の葦を刈り取る。僕が作り上げた薔薇の園庭で悪目立ちしていた雑草は、あっという間にその存在感を失せてしまった。
死んだ葦を掴んで立ち上がる。屋敷を振り返れば、窓辺の彼女と目が合った。エメラルドの如き瞳を持つ、美しい少女。そんな彼女に、僕は右手を振った。葦は死んだと告げるように。
上等な白いレースカーテン越し。彼女は絶対に、僕の為にひと笑いしてくれているに違いない!!

7/28/2024, 6:09:19 PM

何せわたくしは人混みが嫌いなものですから、お祭りという人がわらわらと集まるというものには行った事がありません。西南に在る硝子戸を開けて、漂って来るお囃子を盗み聴くだけで十分なのでした。それだけで十分、『お祭り』を楽しめていたのでございます。
ですが、今になって思い知ったのです。わざわざ重い硝子戸を開ける程には好きなのなら、いっぺん行ってみたのなら良かったのだと。
お囃子はもう殆ど聴こえません。だんだんと小さくなってゆきます。お祭りはじきに終わるのだそうです。最早人混みと呼べるほどの人が、お祭りにやって来ないから。
わたくしにはもう知る手立てはございません。嫌いという思いが、好きという思いに軽々と塗り替えられていく鮮やかな感情を。今更硝子戸から飛び降りた所で、お祭りにはもう間に合わないのですから。
ああ、ずっと好きだったのに。行けば良かったなあ。
そう思うこの気持ちも、お祭りが終わりを決める前に口にすべき事だったのでした。