左様なら

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2/16/2025, 9:41:54 PM

よく覚えています。あの日、空は花曇りでした。浮かぶ雲は足早に流れて行き、嗚呼今日は風が強いのだなと思っていました。
そんな空を見上げるばかりの私を、君はいつまでも見守っていてくれましたね。「ちゃんと前見て歩きな」と、優しく手を握ってくれていました。でもそのくせ、数歩先を行く足は止めません。手を引いて歩く君と、ついて行く私。私達の距離はずっと縮まらないままでした。
本当はあの時、いつもの様に隣を歩いてほしかったのです。先にいかないでほしかったのです。あの日々の様に、ずっと隣で同じ花を眺めていてほしかったのです。そうだったのなら、私は涙が溢れないように空を見上げ続けなくて良かったのですから。
嗚呼、今だって未練がましく、時折思いを馳せてしまいます。あの日、あの瞬間。私が強く願っていた事を。けれどその願いは叶いません。永遠に、ずっと。
今日も強い風が吹きます。今日も花は散って、何処かへとバラバラに飛ばされて行くのでしょう。

2/9/2025, 5:24:53 PM

ブランコではしゃぐ幼い君の背中を、僕はいつまで押してあげられるのだろう。

2/8/2025, 2:28:35 PM

あんなに聴いていた君の話し声を、ある朝目覚めた僕は思い出せなくなってしまっていた。何があった訳ではない。ただ、記憶が劣化したのだろう。君の話し声は、聴けなくなってしまってからもう随分と経っているから。
それでも朝日を含んで揺らめくレースカーテン越し、僕は君の話し声の名残りを探した。
ああ、少し低くて、とびきり優しい声だった。緩やかな語調に、僕は何度癒されただろう。こうして表現する事は今だって難しくない。
けれど結局、頭の中でその声を再現する事は叶わなかった。柔らかい朝日に、君の話し声の記憶は溶けていってしまったのだ。
頬に冷たい涙が伝う。僕は独り、真に君と離別するここまで、随分と遠くまで来てしまった。

2/1/2025, 6:01:31 PM

この別れは僕にとって苦しく、悲しく、人生をも揺るがすものなのです。貴女の替えなど居ませんし、欲しくもない。ただただ此処に立ち竦む事しかできなくなる。そんな絶望的な別れなのです。
だから今日この日、僕はうんと重い言葉を貴女に贈るつもりでした。
「さようなら。どうかお願いです。幸せになってください。夢を叶えてください。僕が知ることのできない未来で、きっと幸せに美しく生きていってください」
けれど、貴女にとってはそうではない。この別れは貴女にとって楽しく、嬉しく、人生を彩ってくれるものなのです。此処から始まる先の未来で、貴女はきっと輝かしい世界を生きて行く。その為の別れなのです。
だから今日この時、僕はヘラリと軽薄に笑ってみせました。
「バイバイ。元気でね」
きっとこの軽やかさが正解だったのでしょう。手を振り返してくれた貴女は、背を向けて歩き出すその瞬間まで愛らしい笑顔で居てくれたのだから。

12/3/2024, 7:50:31 PM

「さよならは言わないで」
あの日、あなたはそう言いましたね。俺の右手を握る両手に、きゅっと力を込めて。酷く真剣なその眼差しを真正面から受けて、俺は日頃から隠していた想いが溢れそうでした。
しかし、今更想いを口にするつもりは毛頭ありませんでしたから、俺は目尻の力を抜いたのです。
「では、なんと?」
「行って参ります、で宜しいのです。いつもの様に、行って参りますと言って」
「……あなたなら、そう仰ると思いました」
「なのに、言わないの」
「ええ」
「行って参りますと伝えたなら、必ず帰って来てただ今戻りましたと伝えなければならない」。あなたと初めて交わした約束事でした。他にも幾つかの約束事はありましたが、俺はこの約束事が一等好きだったのです。あなたの愛と、祈りが感じられたから。
だから、俺は静かにあなたの小さな両手から身を引きました。一等好きなあなたとの、一等好きな約束事を破らない為に。
「どうか健やかに、幸せにおなりください」
あの日、俺はそう背を向けましたね。
しかし今になって俺は後悔しています。嫌がられてもきちんとあなたに「さようなら」と、明確で確実な最期を告げるべきだった。優し過ぎるあなたの幸せを心から願うなら、あなたの中から俺という存在を完璧に切り取るべきだったのです。
「……ああ……」
今更告げようと開いた唇は、鉄黴臭い泥土に塞がれて痙攣するばかりだった。

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