黒いネームペンでバツを付ける。塗り潰すように線を書くと、むしゃくしゃも少しだけ晴れた。
そういえば、そろそろ身辺整理を始めないといけない頃だよなあ。なんて悠長に考えながらペンを置く。
同じページに赤い水性ペンで書かれた丸が、ひとつ。
それは翌週の日曜日を表していた。
▶カレンダー #10
あれは、私の記憶にひどくこびりついた錆です。
あの日宇宙から飛び降りてきた彗星は、あなたを迎えにきた使者を乗せていたのかもしれませんね。
なんせ、あれが視界から消え失せた時、あなたの心臓はぴたりと動かなくなってしまいましたから。
いくら嘆いたって心の穴は埋まらないし、どれだけ叫んだってあなたに届きやしないのに、こうしてあなたを想いつづけることを止められない。頭ではきちんと理解できて、ちゃんと決心も出来ているはずなのに……。
どうやら心というのは、存外融通の効かないものらしいです。
まぁもし此処にあなたがいたら
「他人に配れる心があるなら、おまえが幸せになるその時の為に蓄えとけよ、バーカ!」
なんて突っぱねられていそうですけどね。
私は、蒼く染め上げられたあのソラの色を、未だ忘れられずにいるのです。
私にとって、蒼は、まさしく“恐怖”そのもの。それは私の大切を余すことなく奪っていったもの。
これまでそうだったように、これから先もずっと、私は蒼を恐れ、避けながら過ごしていきます。ずっと。ずうっと。
ねえ、___様。
私、思うんです。
いっそどこかの麗しき姫のように、寿命と引き換えにあなたの記憶をさっぱりと消してくだされば良かったのに、って。
いつまでも拭えぬであろう複雑な気持ちを、記憶とともに棄ててしまいたかったのに。
▶喪失感 #9
あんたは世界に一人だけ。
俺も世界に一人だけ。
そこら辺を歩いているこいつも、俺たちを使うだけ使って見下してくるそいつも、どこか遠い地で烏と寄り添い合っているだろうあいつも、世界にたった一人しかいない。
そう、唯一なのだ。
それじゃあ、俺があんたに向けるこの想いも、広く浅く鮮やかなこんな世界にたった一つだと思ってもいいか?
唯一だと、大切なのだと伝えても、果たして神は赦してくれるだろうか。
▶世界に一つだけ #8
歌うように眠りましょう。
ともに夢の世界でステップを踏んで、くるりひらりと散る花びらの美しさに感涙を浮かべ、美酒に酔いしれ、細く柔らかな肩を優しく包み込んで。
そうして二人で堕ちてゆきましょうね。
▶踊るように #7
「なー知ってる?」
「知らない」
「まあそう言わず。チョークって、本来棄てられるホタテの貝殻を砕いたものと、炭酸カルシウムっていうのを混ぜて作るらしいよ」
「ふ~ん」
「つまり、今ものすごい量のチョークの粉を吸った私は海の幸を取り込んだことになると思うのだけれど、どう思う?」
「やっぱり君の頭って面白いくらい沸騰してるなあって思う」
▶貝殻 #6