書類上の契約なんていらないあんたの心を縛りたい。
うそ。
法的にも縛り付けたい。
もう紐でも鎖でも情でもいい。
なんなの、こいつ
2023/11/22 夫婦
「持ってて」だって。
黒く汚れて何かわからないチェーンのついた人形みたいなもの。
これなに、って聞いたら「確かクマ」だって。
あんたがクマが好きだったなんて聞いたことない。
ていうかクマに見えない。汚れて縮んでセミかと思った。きったないの。
捨ててやろうって思った。本当に捨てるのは悪いから「間違えて捨てちゃった」とか適当に嘘をついてあんたがどんな顔をするのか見てやろうと思った。
本気で怒られてもいいと思った。あんたの感情を底から揺さぶれたらこっちの勝ちってどこかで考えてた。つまんないこと。ばかみたいなこと。
どっちもしないうちにあんたはいなくなった。
捨てられない黒くて汚いクマ。
クマが好きなんて聞いたことないあんたから預かったこれ、ねぇ。
誰からもらったの?
どうしたらいいの?こんなもの。
2023/11/21 どうすればいいの?
「前付き合ってた人がくれた海で拾ったシーグラス」
「シーグラス?ってなに?」
「もとはゴミだけど海でもまれてなんかキレイになったっぽいやつ」
「ふーん。ごみが宝物」
「なんかきれーじゃん」
「なんかきれーならいいの? ゴミでも?」
「いいよ、なんかきれーなら」
「ふーん。うーん」
食べ散らかしたあとの机の上を見渡してる。さすがにないよ、なんかきれーなものなんて。
やっぱり見つからなかったらしくて、今度は自分のポケットを探り始めた。ないでしょ。つかなんで探してんのさ。
「あ」
ポケットから出した握りこぶしを目の前に突き出される。なんとなく手で受ける準備をする。ぽとりと落ちたのはさっき噛んでたガムを包んでた銀の紙。
「なんかきれーじゃね?」
「さすがにない」
でもここで一つ、意地悪を思いつく。
「でもあんたが一生懸命探した『宝物』ってことね。もらっとく」
「え」
「どうしても宝物を渡したくなって探したんだよね。大事にするね」
「なんかちげーんだけど。どこまでゴミを大事にするか見たかっただけなんだけど」
「ありがとう」
めったに見ない顔してる。今日はこっちの勝ち。
2023/11/20 宝物
間に合わない。
こんなの絶対間に合わないじゃん。
最低最低最低最低。
「うっわ鍵あいてるし。おーい?」
玄関から入ってきた無遠慮な足音。知らない。絶対布団から顔出さない。
一人暮らしの部屋の唯一の小さなテーブルに見せつけるように出しっぱなしにしたショートケーキ。
コンビニの見切り品20%OFF。
それとぐちゃぐちゃな部屋に一つ転がってたキャンドル。
「点いた」
かちっ、と安いライターの音。見えない。知らない。
「おーい。ケーキあるよ。ろうそくもある」
ばか。それ全部自分発信じゃないじゃん。
「ハッピーバースディ。歌ってあげるから」
あんたが?
それはちょっと興味ある。仕方ないから顔だしてあげる。
2023/11/19 キャンドル
「え、いらねー」
言うと思った。でももしかしたら理由が、さ?
「覚えてらんねーから」
マジかよ。いやまだ想定内。覚えてられない、から?
「……え?なに?」
いやいや、『思い出とか覚えてらんねーからいっしょにいる今を大事にする』的な言葉くるでしょ?まだライフは残ってるよね?
「…もう一口しか残ってねーけど、そんなに欲しいならやるよ」
ほら、とファミチキの最後の一口をくれた。
ちがうわ。誰が物欲しそうに見てたってんだ。
いや確かに欲しかったよ、あんたとのたくさんの思い出。
2023/11/18 たくさんの思い出