『母の手』
それは暖かかった。
がさがさとしていて、
指はあかぎれだらけだった。
それでも母の手は暖かかった。
大きな母の手に小さな僕の手が包まれたとき。
それが僕の幸せな記憶。
遠い日の記憶。
それは冷たかった。
しわしわになっていて、
固くなった皮膚。
骨の形がよくわかる、
生気の無い母の手。
いつの間にか母より大きくなった僕の手で、
母の手を握ったとき
ふと遠い日の記憶が頭を掠めた。
『未来哲学』
まだ来ぬ時を嘆くものがいる
現状から予想し得ることは
どれも不幸なことばかりだからだ
まだ来ぬ時を心待ちにしているものがいる
現状から予想し得ることは
どれも今とは違う世界が広がっていると
信じているからだ
まだ来ぬ時というものは
全て人間の産み出した世界である
十年後の未来はどうしてるかなんて
想像でしかみることはできず
実際に十年経ったら、未来ではなく今になるのだ
その想像の世界が人を生かしも殺しもする
人間が産み出したはずなのに
人間は未来という概念が操るカラクリ人形となる
未来のために努力したり
未来を嘆いて死んだり
未来に喜んだり
未来を恐れたり
まだ来てさえいないのに
人は未来に振り回されて生きている
『解圧』
大好きな雨が嫌いになった
低気圧が頭を締め付けて、制服を濡らしていった
晴れた日も嫌いになった
暑さが私にのし掛かり体力を削っていった
部活が嫌いになった
部長という重圧から解放されて何故か寂しかった
勉強が嫌いになった
頭が悪い私は受験の重圧に耐えられなかった
大人が嫌いになった
私に期待してくる度涙が溢れた
自分が嫌いになった
なにも努力できない自分が情けなかった
いつしか圧ばかりの月日は流れ
世界は明るくなった
雨がまた好きになった
晴れの日が許せるようになった
サークルが気に入った
勉強が楽しくなった
大人といると面白くなった
自分を少し肯定できた
一年前よりも笑えるようになった
『空の概念』
昼と夜との境界線
夜と朝との境界線
時が経っても空の境界線は曖昧で
時の狭間に吸い込まれそうになる
空と大地との境界線
宇宙と空との境界線
どこまでいっても空の境界線は曖昧で
空という概念に吸い込まれそうになる
境界線がないのに確実に空は存在していて
いったいどこからが空なのだろうか
地面から離れたときから空なのだろうか
空という存在は曖昧さ故、概念へと成った
空は遠い昔から存在する不変の概念か?
毎日姿を変えて存在する空は一体何者なのだろうか
僕は空という存在がちょっぴり不気味に思う
『愛のかたち』
美しい山々が広がっている
四季毎に衣装替えする
大きな山々が広がっている
僕らはこの山を愛している
歪な山々が広がっている
木々を切られて裸にされた
地表剥き出しの山々が広がっている
僕らはこの山を愛していた
新しい家々が広がっている
暖かい家の光を纏っている
山の名残か坂道が広がっている
僕らはこの町を愛している
綺麗なビル達が広がっている
お洒落なネオンの光を着ている
遊びに困らない楽しい店達が広がっている
僕らはこの街を愛している