手を取り合ってとかさ、君が言ったのに俺が君の手を掴んだら、簡単に離したよね。俺は知ってるよ。君が嘘をついていることを知ってるんだ。ひとりで旅行に行くって言ってたけど、あれ嘘でしょ。べつに責めるつもりなんてないよ、俺が淡白でつまんない男だから他に刺激を求めたっていうのもわかるし。とりあえずさ、もういいよ。無理させてごめん。もう俺なんかに手を差し伸べなくていいよ。俺も君の手を取ったりしないから。眼前若しくは君の上に乗っているトモダチと手を取り合ってる方が合ってるんじゃないかな。あー、泣いても意味ないよ。そういうの俺には通用しないって前に言ったよね。そもそもトモダチに触れた手で俺に触れないでほしいな。気持ち悪いんだ。君の生ぬるい体温も、ハリボテの笑顔も、吐き気がするんだよ。もう十分だよ。終わろう。他人に戻ろう。これはお願いだよ。最後のお願い。俺と他人になってくれ。お互いを知らなかったころのフラットな状態に戻るだけで、なにも悲しいことなんてないよ。そうすればこれ以上君のことを嫌いにならなくて済むと思うから。ぜんぶ間違いだったと思って忘れ合おう。俺は好きだったよ、本当に。君が、君だけが、いちばんだった。バイバイ。
優越感に浸っていたはずなのにあるときから劣等感に変わっていた。僕がすべてだめにした。「生きるが下手だからこうなるんだよ」と吐き捨てて出て行ったあの子の声も顔も今じゃよく思い出すことができない。やけに消毒液剤の匂いが漂う部屋で、窓の向こうに広がる鈍色の空をぼんやり眺めている。あの人の葬式を思い出す。火葬のとき、煙突から吐き出された煙の色によく似ているから鈍色を眺めていると落ち着くんだ。冬の寒い曇りの日が延々に続けばいいのにと思いながら蒸し暑い季節を淡々と意味もなく生きている。
微睡の中であの人のぬくもりを感じていた。意識が鮮明になるにつれてすべてが幻だったことを理解する。まくらが濡れていた。今日は絶対に悲しいことなんて起きないという気候で、太陽が燦々と輝いているのに、涙が止まらない。息が苦しくて仕方ないし、助かりたいのに術がない。あの人によってぼろぼろになった俺はあの人にしか救えないのかもしれない。
夜の逃避行で君と見た街の明かりが忘れられない。ねえなんで俺以外と結婚しちゃったの?
僕を裏切ったあの子を殺して僻地に埋めたことを神様だけが知っている。暗く冷たい土の中に居るあの子をいつまでも思い続けているのは禊じゃない。ただずっと片思いをしている。最後まで僕を好きだと言ってくれなかったから、あの子の最期をもらったんだ。これでおあいこでしょ。