太陽
コミュニケーションが苦手な僕に取って、彼女の存在は異質だった。
最初はいきなり話しかけられて戸惑った。
なんて話を合わせたらいいかも分からなかった。
うまく話すことが出来ない僕に、何度も話しかけてきた。どうせ何かの罰ゲームとかなんだろうとも疑った。
彼女は大学の校内で僕を見つけるたびに、声をかけてきた。他愛のない話をして、僕は一歩的に話しかけられるだけだった。彼女は僕のそんな反応を見ても笑顔を絶やさなかった。
時が経って、少しずつ僕は彼女に対しての認識が変わってきた。
ゼミではよく隣になった。彼女の方から毎回隣の席に座ってきたけれど、僕の講義のノートを見て「字が綺麗だね」と言ってくれた。
また僕が学食で本を読んでいると、彼女が来て「その本面白い?」と聞いてくれた。
僕は短く「うん」と返事をした。
そうすると彼女は次の日、同じ本を買ってきていた。
僕が勧めてくれたから。
その理由だけで、僕の顔は熱くなった。
本当は話しかけられたことが嬉しかったのかもしれない。かなり強引に僕のテリトリーに入ってきたけれど、今はその違和感は無い。
ある日、大学のカフェテラスで、パソコン作業をしていた僕は、彼女が隣に来ていることを知らなかった。
10分くらい前からいたらしい。
集中しすぎて気付かなかった。
「私は君の作品が好きなんだ」
と言った。
趣味で執筆活動をしている僕は、創作小説のゼミで教授に認められて、作品を公開していたことを思い出した。
「すごく感動した。月並みな感想だけれども」
彼女の瞳が真っ直ぐに僕を射抜く。
「私にとって、君のその文才は太陽みたいに、温かくてホッとする感じなんだ」と。
こんなちっぽけな僕が、誰かの心に何かを残せたことに、思わず涙がこぼれそうになった。
その一言で、僕にとっても君は太陽なのかもしれない。
鐘の音
厳かな教会の庭。
そこから鐘の音が聞こえる。
明日は……、明日はいよいよ結婚式だ。
名字が変わるというのは、どことなく嬉しいような、
でもどこか淋しい。
明日の今頃は周りに祝福されて、賑やかな風景になっているのだろう。
今はこの陽が沈む色合いが切なくて、少しだけ感傷にひたっていたい。
つまらないことでも
例えば、それが他人から見てつまらないことでも、
あなたとのかけがえのない経験は、私の中では大切な宝物だ。
病室
海が好き。
小さな頃から。
学生時代は彼にねだって、よく海に連れて行ってもらった。
逢えなくて淋しい時も、海を眺めた。
海が見える式場で愛を誓った。
海好きな私に彼がマリンウェディングを提案してくれたのが、嬉しかった。
その後、仕事や家庭でバタバタした生活を送りながらも、休みの日には家族で海に行った。
息子と娘も海が好きになった。
夫が頑張って別荘をプレゼントしてくれた。
学生の頃に『将来は海の近くに住みたい』と言ったことを覚えていてくれた。
いい人生だったと思う。
病室の窓からは海が見える。
青く広がる空と海。ネモフィラが咲き乱れ、幻想的な光景だ。
どうせなら海が見えるところでと、夫がその病院を探してくれた。
今日はうだるような暑さになるだろう。
初めて恋をしたあの暑い日のことを思い出しながら。
あなたと一緒に歩いた海辺の思い出も。
明日、もし晴れたら
明日、もし晴れたら君と一緒に遊園地にでも出かけよう。
明日、もし雨なら君と一緒に自宅で映画でも観よう。
晴れでも、曇りでも、雨でも、どんな天気でも、
君と一緒にいるのは楽しい。
君に会えることが嬉しい。
そう、会うたびに君に何度でも恋をする。