『美しい』
眠っているときの、彼の顔がいちばん美しい。
最近流行りの美容男子で
お風呂上がりには欠かさずパックをする人だ。
そっと覗き込むと、
きめ細かい肌に長いまつげ、
高くまっすぐ通った鼻。
角質ケアを怠らないせいか
唇までなめらかで、思わず見入ってしまう。
敏感肌で乾燥肌の私からすれば、羨望のかたまりだ。
起こさない程度に鼻をつまんでみたり、
ウインドチャイムみたいに
まつげを指でそっと揺らしてみたり。
小さな意地悪をしても、彼は眠ったまま。
でも、この美しさは偶然じゃない。
毎日の手入れを続けてきた
その努力の結果なのだろうと思う。
…私も、負けずに飽きずに頑張ろう。
『三日月』
年末の仕事終わり、
職場を出たとき
夜空に三日月が浮かんでいた。
凛とした光があまりに綺麗で
疲れ切っていた心と身体が
すっとほどけた気がした。
気づけば足を止め
ただ黙って三日月に魅入っていた。
なぜか
あれほど大変だった仕事の疲れは
いつの間にか
夜空の奥へ吹き飛んでいたのである。
『色とりどり』
お花の写真を撮るのが、日常である。
お花といえど、種類はさまざまで
すべてが好きというわけではない。
たくさんの花が咲き誇る花木や、
人の手で整えられた美しい花ではなく、
自然の力で育ち、
人間の手がほとんど入っていない草花が
私は好きである。
どんな地に行っても
たくましく生えている
色とりどりの草花。
季節ごとに表情を変える、たんぽぽ。
子どもの頃、
登下校の途中で蜜を吸っていたホトケノザ。
音を鳴らして遊んだ、ペンペン草。
それらが
大人になった今
七草の一つだと知ったとき、
小さな驚きが胸に残ったのである。
そんな色とりどりの草花を見ると、
心が踊り、朗らかになるのである。
『秘密の手紙』
机の引き出しの奥に
薄い青色の封筒が眠っている。
毎年、誕生日が近づく頃、ふと思い出す。
封筒の表には、達筆な文字。
あの日、私の心を何度も締め付けた筆跡
破らないよう慎重に開くと
折り目が増えた便箋が現れる。
『 文月へ
誕生日おめでとう。
いつも僕の話を聞いてくれてありがとう。
しんどい時、支えてもらってるよ。
君が笑ってくれると、俺も頑張れる気がします。
これからも、よろしくね。
大好きだよ、〇〇より。』
読み返すたび、胸がじんわりと温かくなる。
あの頃はとても幸せだったな
と読むたびに噛みしめる。
「もしかしたら」と期待して、
手紙の意味を何度も探して
結局、気持ちは伝えぬまま、時間だけが流れた。
今の私たちは、友達だ。
恋人ではなく
理解者として並んで歩ける距離に落ち着いた。
それを寂しいと思う日もある。
でも、この関係が心地よいと思う日も増えた。
私は手紙をそっと封筒に戻し、引き出しを閉めた。
あの頃の想いも、悩みも、ぜんぶ一緒にしまいながら。
でも、これは私の小さな宝物だ。
他の誰も知らない、二人だけの秘密の手紙。
今は友達として隣にいられる幸せを噛みしめる。
手紙に宿った淡い恋は、今も消えてはいない。
けれどそれは、そっと心にしまっておく。
これからの私たちのために。
『冬の足音』
雪が降り積もった日は、
胸がそわそわして落ち着かない。
子供の頃も
そして大人になった今も
その気持ちは変わらない。
私の住む地域では
雪が降ること自体めったにない
だからこそ、
白い世界が広がる朝は、特別な日になる。
玄関を飛び出すと
足の下で「ギシギシ」と雪が小さく鳴る
その音を聞くだけで
冬がやって来たのだと実感する。
気づけば手袋も忘れ
冷たさに指先がじんじんしても構わず
私は雪を丸めて転がす
大きくなっていく白い球に、頬が緩む…
時間なんて気にしない
子供のように夢中で遊び、
雪だるまを作り上げる頃には
手も顔も真っ赤になっている
それでも笑いがこぼれてしまう
年齢を重ねても
この気持ちは薄れなかった。
雪が降った日だけ現れる私の小さな冒険
ギシギシと響く冬の足音は
いつまでも忘れたくない私の宝物だ。