【追い風】
しんとしていて空の青色は薄くどこまでも広がっている。
だれもいない中でただ一人 足をみぎ、ひだりって交互に動かす。
辺りの木はすっかり枝だけになって緑なんかありやしない。
たった1枚枝に残った枯葉ももうじきビュンっと飛んでいきそうだ
あの橋までもう少しなのに
目前に来てぐだぐだと後ろをふりかえって、なんて情けないんだ
そう考えていた時、とつぜんふっと顔を上げる。
いつのまにか白く染ってしまった髪の毛が
自分の視界をばさばさと遮る
ああそうか、
私にはいつでも背中を押してくれた――があったじゃないか
さあさあ、最後に私をあそこまで連れて行っておくれ
私はもうとことん私を楽しんだんだよ。
「ありがとう」
どこかで誰かの泣く声がする。
私の目はもう開かない。
【この場所で】
幼い頃家の前にある小さな池が大好きだった
アメンボなんかが浮いていて
雨の日はどんよりとし黒く染まってしまうけれど
朝起きると雲ひとつ無くて
何より、まだ雨が乾ききっていない中
水面に映る青い空が好きだった
からっとした夏を思わせるようで
この青い空はどこまで続くんだろうとか
なんだか私たちが住む街だけ丸く囲まれているようだなとか
大学生になり私はこの家を離れていた
新幹線で3時間かかる場所にある新しい家は
少し古くさい築50年の家で木の匂いが鼻を掠めた
幼い私が思っていたより空は広く続いていて、
どこまでも広く広く私たちを覆っていて
それでいてどこか寂しい気持ちにさせた
あれから何年経っただろうか
意見の食い違いで父と酷く言い争い、
あの家には帰らなくなってしまった
まだあの家の池にはアメンボはいるだろうか
まだ広く青い空を水面に映してくれているだろうか
あの町は、
もう私の知らない景色になってしまっているのだろうか
帰ろう、あの場所へ
3時間の新幹線で流れゆく景色は
鮮明に、だけれどどこか曖昧で
溢れ出すほどの記憶を思い出させた
ただいま、私の大好きなこの場所でまた会えてよかった
『花束』
花束を贈ろう
君に贈ろう
目が合うだけで体温が上がってしまうような君に
そっと微笑むだけで愛おしい君に
君に 君に 君に 、君に
君に贈りたかった
君はもう別の人と笑い合っているんだろうか
僕では無い別の人と___
涙が溢れ出しても
もう君は僕の元へは戻ってこない
前を向こう
たった1輪の花を僕の心に与えよう
『スマイル』
イツモシヅカニワラッテイル
いつでもにこにこと
ほっぺに可愛らしいえくぼを2つ作りながら
にこにこと__
静かに心のどこかが壊れていく音がした
少しずつ少しずつ
大切な何かを失うようで
そんなことにも気付けずわたしは
イツモシヅカニワラッテイル
『どこにも書けないこと』
誰にも言えないこと
どこにも書けないこと
バレてはいけないこと
気付かれてはいけないこと
世界一優しい人間と謳われる男だって
いつもにこにこ喋りかけてくれるばあちゃんだって
そんなもの一つや二つあたりまえにあるさ
そんなもの金庫に入れて鍵をしちゃえばへっちゃらさ
何も怖くない
恐れるものはこんなちっぽけなものじゃないんだ