【この場所で】
幼い頃家の前にある小さな池が大好きだった
アメンボなんかが浮いていて
雨の日はどんよりとし黒く染まってしまうけれど
朝起きると雲ひとつ無くて
何より、まだ雨が乾ききっていない中
水面に映る青い空が好きだった
からっとした夏を思わせるようで
この青い空はどこまで続くんだろうとか
なんだか私たちが住む街だけ丸く囲まれているようだなとか
大学生になり私はこの家を離れていた
新幹線で3時間かかる場所にある新しい家は
少し古くさい築50年の家で木の匂いが鼻を掠めた
幼い私が思っていたより空は広く続いていて、
どこまでも広く広く私たちを覆っていて
それでいてどこか寂しい気持ちにさせた
あれから何年経っただろうか
意見の食い違いで父と酷く言い争い、
あの家には帰らなくなってしまった
まだあの家の池にはアメンボはいるだろうか
まだ広く青い空を水面に映してくれているだろうか
あの町は、
もう私の知らない景色になってしまっているのだろうか
帰ろう、あの場所へ
3時間の新幹線で流れゆく景色は
鮮明に、だけれどどこか曖昧で
溢れ出すほどの記憶を思い出させた
ただいま、私の大好きなこの場所でまた会えてよかった
『花束』
花束を贈ろう
君に贈ろう
目が合うだけで体温が上がってしまうような君に
そっと微笑むだけで愛おしい君に
君に 君に 君に 、君に
君に贈りたかった
君はもう別の人と笑い合っているんだろうか
僕では無い別の人と___
涙が溢れ出しても
もう君は僕の元へは戻ってこない
前を向こう
たった1輪の花を僕の心に与えよう
『スマイル』
イツモシヅカニワラッテイル
いつでもにこにこと
ほっぺに可愛らしいえくぼを2つ作りながら
にこにこと__
静かに心のどこかが壊れていく音がした
少しずつ少しずつ
大切な何かを失うようで
そんなことにも気付けずわたしは
イツモシヅカニワラッテイル
『どこにも書けないこと』
誰にも言えないこと
どこにも書けないこと
バレてはいけないこと
気付かれてはいけないこと
世界一優しい人間と謳われる男だって
いつもにこにこ喋りかけてくれるばあちゃんだって
そんなもの一つや二つあたりまえにあるさ
そんなもの金庫に入れて鍵をしちゃえばへっちゃらさ
何も怖くない
恐れるものはこんなちっぽけなものじゃないんだ
『時計の針』
辺りは静まり返っていた
真っ暗な闇に包まれている
月明かりに照らされて瞼を閉じる
部屋にはエアコンの音と
チク タクと規則正しく鳴る
時計の音だけだ
また明日と目を瞑ると
独りでに感情が暴れ出す
分針が17回進んだ時
ぷつっと私の意識は途切れた
今日が終わる
長い長い一日が__