NoName

Open App
8/26/2024, 2:36:18 PM

私の日記帳

わ、すごーい、魔法の本みたい。

子供の頃連れて行ってもらったショッピングモール。初めての遠出、見たこともないほど広い店内に様々なお店。これが都会だ。意味も分からずテンションが上がる。
およそ普段の日常では縁のないお洒落な雑貨屋さんに置かれていたアンティーク調の日記帳。一瞬で目を奪われる。
おねだりして買ってもらったそれは、持ってるだけで特別な事が起こりそうな気にさせてくれる。

ドキドキしながらページを開き鉛筆を持つ。しかしいざ真新しい螺旋用紙を前にすると動けなくなる。
こんな素敵な日記帳だもの。書く内容だって素敵なものでなければ。
しかし納得いくドラマチックな日常などそうあるばずもなく。中学生になり高校生になり、大学生になり。今だ日記帳は白紙のまま。一目惚れした高揚感と、せっかく買ってもらったのに勿体無いという貧乏性もあり捨てることも出来ず。

私の日記帳は。非日常な事柄を書き記すことを待ちつつアンティーク小物として部屋に飾られている。

8/25/2024, 2:38:43 PM

向かい合わせ

あ、ヤベッ。

体育の時間。その日は創作ダンスのテスト。クラス内で各々にチームを組み、皆の前で発表をしていく。
仲の良い五人で組んだ我チームの番。意気揚々とスタンバイした最初の立ち位置の向きを一人間違える。皆が左を向き立つところ、一人右を向く。一対四の並びが出来上がり少しだけ騒つく。
向かい合った四人が笑いを堪える。

いや、雰囲気にのまれるな。定評のある無表情に力を込め、俺間違ってませんけど?感を存分に発揮する。

見事ノーミスで踊りきり高評価を獲得。

「おまッ ふざけんなよ、何でお前の方がいい評価なんだよ」
ツボに入って終始グダグダになってしまった四人。結果、周りは最初の入りも間違っていたのは四人の方だと認識する。
「精神の分厚さが違うんだよ」
「いや、面の皮な」

8/24/2024, 1:43:38 PM

やるせない気持ち  


「惜しかったな」
そんな捻りのないありきたりな言葉しかかけてやれない自分が情けない。直属の後輩が入社して初めての社内プレゼン。何度も何度も資料を作り直し挑んだそれは敗北に終わった。こいつがどれだけこのプレゼンに賭けていたか、どれだけ努力をしていたか。間近で見ていたからこそ。その胸中を思うとやるせない。

8/23/2024, 1:20:35 PM

海へ  

「海へ戻っておいで、人魚姫」

海面から顔を覗かせたお姉さま達から口々に説得される。 
だけど、あぁ 私は…私は、もう海へは戻れない。

だって地上はこんなにも素晴らしいんですものー!!

見るもの全てが初めてで刺激的、ワクワクが止まらない。カラフルなお菓子も魅力的。言葉が喋れなくたって何のその、身振り手振りと笑顔で乗り切る。
この身が次の満月までというならば。
上等だ、限りある時間を満喫するまでのこと!地上の素晴らしさを知ってしまえば、もうあの暗く退屈な海へなど帰ることは出来ない。

そう腹をくくれば。当初の目的であった王子様になど構ってられない。そもそも命の恩人であるこんな美女を他の女性と間違うなどあり得ない!

そうして。来るべき満月までの日々を悔いのないよう精一杯満喫した人魚姫は。満月の夜を過ぎた後も。地上で元気に暮らしている。
本来人魚が口にすることのない地上の食べ物を食べまくった人魚姫の体は内面から作り替えられ、魔女の呪いなど何のその。見事打ち負かしてしまった。

海へ。
あの時戻らなくてホントに良かったわ。
お姉さま、人魚姫はたくましく生きていきます。



8/22/2024, 1:25:38 PM

裏返し

「あれ、親父。シャツ裏表反対じゃね?」
夏休みを利用しての久々の実家への里帰り。茶の間で扇風機を一人占めしてダラダラを満喫中。
新聞片手に現れた父親の格好にツッコミ。
「なんだ、タクミ、お前知らないのか。リバーブルってやつだよ」
返ってきたのは的外れなドヤ顔。

いやリバーシブルな。知っとるわ。いやいやアレはそれ用に作られたものであって親父が着てんのはただのシャツだからな。タグ丸出しだからな。そもそも親父の服買ってんのお袋だろ。そんなリバーシブルなんて小洒落たモン買うわけねーじゃん。

頭の中を様々なツッコミが駆け巡り。

「…へー。親父、オシャレだね」

面倒くさくなり、笑顔で親指を立ててみせる。だろう、とこれまたいい笑顔で親指を立て出ていく父の背中を見送る。面白いし放っとこ。

数秒後、お袋の声が響く。
「ちょっと、お父さん!裏返しじゃない、みっともない!」
お前、分かってないな、これはリバーブルといって…
「何ワケ分かんないこと言ってんの!そんな格好で出掛けるつもりじゃないでしょうねっ」

「タクミもっ。気付いてんなら教えてあげなさいっ」
ペチりと頭を叩かれる。イテッ。教えたっつーの。止めなかっただけだ。

あー。平和だ。

Next