『大切なもの』
この世で一番大切なもの、貴方にとってそれは何ですか?
家族? 恋人?
仕事? 恋愛?
お金? 名誉?
それとも私ですか?
私の大切なものは何だろうか?
家族? 恋人?
仕事? 恋愛?
お金? 名誉?
でも星の王子さまは言ったわ。
『砂漠が美しいのは、どこかに井戸が隠されているから』
きっと大切なものは目に見えないところにあるのよ。
この世で一番大切なもの、貴方にとってそれは何ですか?
出来れば私だと答えて欲しい。
私の一番大切なもの、まっすぐに正直に伝えるわ。
すぐ隣にいるのにどこにあるのか分からなくて、だけど確かに存在している貴方の愛だと。
『ハッピーエンド』
お姫様は大好きな王子様と結婚して幸せに暮らしました。
物語の結末はいつも決まってハッピーエンド。
だから、両親から蝶よ花よと大切に育てられた私も大好きな人と結婚して幸せに暮らせると、ずっと思っていた。
結婚して最初の一年は絵に描いたような幸せな生活だった。
ニ年目に入ってからは両家から「早く子供を作れ」と囃し立てられて、妊活を始めた。
頑張っているのに成果が出てこない四年目、気づけは友達はみんなママになっていた。久しぶりに集まってもお産はどこの病院だったとか、離乳食を食べてくれないとか、夜泣きがしんどくて眠れないとか……共感出来そうで出来ない話題ばかりで肩身が狭い思いが募った。
結婚して五年目、旦那は結婚記念日を忘れて飲み会に参加した。義実家に帰省すれば、子供も産めない出来損ないと陰口を言われたり、面と向かって嫌味を言われることが増えた。
そのことを旦那に相談しても「早く孫の顔がみたくて、思わず口に出しただけだろう」と適当なことを言い、じゃあ妊活にもっと協力してよと提案すれば「仕事で疲れているから」と先に寝てしまう。
夫婦で共働きして家事をしているんだから、私だって疲れているんだよ? ねぇ……フルタイムで働いて、買い物袋を携えて満員電車に揺られて、帰宅後に家事を全部やってそれでもなおセックス出来るくらい女は体力が有り余っているとでも思っているの?
高い不妊治療費を払って運良く子宝に恵まれた八年目、可愛い女の子を産んだ。義母が喜んでくれたのは一瞬で、すぐに「跡継ぎの男児を産めない役立たず」と文句を言われる。三代前からサラリーマンの家系のはずなのに、跡継ぎとかって時代遅れも甚だしいと思った。
娘が三歳になった頃、旦那の浮気が発覚した。相手は私の親友だった。
本当は離婚したかったけど、義両親に泣き付かれて渋々許すことにした。あまりにも悔しかったからキッパリと二人目を作る気は無いと宣言した。
以来、義母は掌を返したように娘を可愛がるようになった。旦那も本気で反省したのか以前より家事育児に協力してくれるようになった。
だけど何年経っても忘れられない。
義母からネチネチと悪口を言われたこと、親友と旦那が獣みたいなセックスをしてたのを見てしまったこと。
祖母と父親の役割が無ければ今すぐにでも殺してやりたい恨みつらみを奥底に隠して、娘の成長だけを楽しみにして生きている……。
――なんてことを幼い頃から母は壊れたレコードのように繰り返し私に話す。
彼氏が結婚の挨拶に来てからは、母は酷く不安に感じているようだ。自分の二の舞いにならないかを。
父方の祖母に結婚することを伝えると涙を流して喜んでくれ、私の花嫁姿を見たら死んでも悔いはないとまで言ってくれた。
大丈夫だよ。お母さん、おばあちゃん。
私だって幸せになれることをずっと考えているんだから。
結婚式当日の朝、しっかり朝食を食べて薬を飲む。
お互いのスケジュール的に前撮り撮影する余裕が無く、朝から式の準備と撮影に追われていた。
あっという間にチャペルへの入場。
父の手を取って、真っ白で素敵なタキシードに身を包んだ彼のもとへ一歩一歩噛み締めて向かう。
神様の前で永遠の愛を誓い合ってキスをし親戚や友人達からのフラワーシャワーを浴びる。
なんて幸せな光景……。両親との思い出や友達と笑いあった思い出、彼と過ごした日々が走馬灯のように脳内をよぎった。
退場前に振り返って一礼した後、私はキスをせがんだ。
彼は驚いて少し照れながらもう一度キスをしてくれた。
その直後、私はゴフッと血を吐いた。彼の真っ白な胸元が真っ赤に染まる。
なんていいタイミング。朝飲んだ毒がようやく効いたんだわ。
ねぇ、彼くん。私知ってるのよ、貴方が私の親友と浮気してること。
浮気の証拠写真と遺書を、私と貴方と親友の実家と職場に明日着くように発送しておいたからね? この後の修羅場展開が見れなくて残念だけど、お母さんから恨みつらみはきっちり晴らしなさいって反面教師的に教わったの。
ああ……おばあちゃん、お母さん、そんな青ざめた表情しないで。
みんなから祝福されて幸せ絶頂のなかで死ねるのよ。
とっても素敵なハッピーエンドでしょ?
『もっと知りたい』
君のことをもっと知りたいと思うのはワガママかな?
きっかけは何てことない些細なこと。
君が図書館の窓辺で静かに本を読んでいる姿が、陽の光を浴びてなんだか儚げだったから目を奪われてしまった。
それから急に君がことが気になって、いつの間にか君の姿を目で追うようになり、君のことが頭から離れなくなった。
「好きなの? あいつのこと」
「へっ?」
お昼休みのときに友達から指摘された。どうして、そんなことを聞くのかと尋ねたら
「えー、だって瞳が完全に恋する乙女モードだもん!」
……知らなかった。
そうか、私は彼のことが好きなのか……。
自分が同級生に恋をしていると自覚すると、身体が熱くなった。
君を見ると胸がドキドキして、少し苦しいのになんだか幸せな気持ちになる。
もっと色んな君を見たい、知りたいと思うようになった。
真剣に授業を受ける横顔。
クラスの男子とはしゃぐ笑顔。
給食で苦手っぽい食材を食べた時のしかめ面。
図書館でいつもの窓辺で読む本を探す悩ましい表情。
もっと、もっと知りたい。もっと、もっと見たい。
好きな色とか、好きな作家さんとか、好きな食べ物とか、得意な授業や苦手な授業とか……。
好きな女の子のタイプとか。
もっと、もっと知りたい。
ああ、どうして恋する女の子の好奇心はこうも貪欲なんだろうか。
でもね、同じくらい私のことも知って欲しいんだよ。
私が君のことが、こんなにも好きだってこと……もっともっと知って欲しいんだよ。
ねぇ、君は私のことをどう思っている?
すっごく、すっごく知りたいよ……。
『過ぎ去った日々』
過去が美しく思えるのは、喪失感を伴う痛みがあるから。
過去が愛おしく思えるのは、取り戻せない儚さがあるから。
きっと今、過去を懐かしいと想う日々も未来の私は愛おしく思うのだろう……。
『月夜』
月夜の……それも決まって満月の晩にだけ会う少年がいた。
月光を吸収したかのように美しい銀の髪をした凛とした表情を携えた少年だった。
目が悪いモグラな私はその存在があまりにも眩しくて、遠い世界の住人だと思っていた。
なのに気安く声をかけて会話を重ねるから、だんだんと私の心の中に入り込んでくる。
優しい微笑みを向けられると、ドキドキしてなんだか落ち着かない。
もっと色んな表情を見たい、もっと色んな君を知りたいと思うのに、その一歩が踏み出せない。
だって私は目が悪くて、陽の光の元では顔を上げて歩けないモグラだから……。
凛として美しい彼とは不釣り合いな自分が惨めで、泣きたくなる。
だけど、あの優しい微笑みに胸の高鳴りが響いて、君に恋をしていると気付いたら、少しでも君の隣を歩ける、釣り合うような自分にもなりたいと思った。
好きだと告白して以降、もう何年もあの美しい少年には会っていない。
だけど月夜の……決まって満月の晩に、もしかしたら会えるかもしれないと淡い期待を抱いてしまう。
未練がましいと言われたけれど、どうしたってあの胸の高鳴りが忘れられない。
今も月を見上げて想う。
君は今、この同じ月を見ていますか?と……