『ずっと隣で』
ずっと隣にいるのは自分だけだと思っていた。
幼稚園の頃からの付き合いで、親も仲が良くて、しょっちゅう一緒に何処にでも出掛けていた。
小学校、中学校も全く一緒で何度も同じクラスになったことだってある。
私達の事を知っているクラスメイトは『夫婦』だと、よくからかっていたけど、不思議としっくりきて嫌な気分にはならなかった。
だからずっとアイツの隣にいるのは自分だけだと思っていた。
恋と呼ぶには刺激がなくて、愛と呼ぶには経験が余りにも足りない感情だけど……。
高校は別々の進路へと進んだ。
アイツの志望する学校に一緒に受験したけど、私は落ちてしまった。
利用する路線も違って、学校の何処を探してもアイツの気配を感じない生活。
友達といても、何処となく感じる孤独感。
淋しい、淋しい……。会いたくて、会いたくて……自分の中でこんなにもアイツへの想いがあったなんて知らなかった。
ある日の土曜日――友達と遊ぶ約束をしてて普段とは違う路線の電車に乗った。
そこで久しぶりにアイツを見かけた。高校デビューしたのか、少し明るい茶髪にして垢抜けた格好をしていたけど、私にはすぐに分かった。
声を掛けようとした時、アイツはこっちを振り向いて笑顔で手を振ってくれた。
私に気付いてくれたのかと嬉しくて駆け寄ろうとした。
「ごめーん、遅くなって! 待ったよね?」
後ろからバタバタと走り抜けた女がアイツのもとに行った。
今来たところだよ。とアイツは言って、仲睦まじく腕を組んで雑踏へと紛れていった。
信じられない……ずっとアイツの隣にいるのは自分だけだと思っていた。
アイツも私のいない孤独感を同じように感じていると思っていた。
なのに、他の女で埋め合せするの?
期末テストを終え、夏休みが始まる楽しみで皆が浮き足立つある日に、私は部活の先輩に告白された。
即OKの返事をする。アイツが他の女で埋め合せするなら、私だって同じように他の男で埋め合せしてやる。
それからは先輩と一緒に帰る毎日。夏休みに入ってデートを重ねる。手を重ね、唇を重ね、身体を重ねる関係になるのにひと月もかからなった。
だけど、私の孤独感はなんにも埋まらなかった。
どれだけ先輩に甘い言葉を囁かれても、どれだけ先輩に丁寧に抱かれても、感じるのは募る淋しさだけ。
「ねぇ、クリスマス会えない?」
募る淋しさに耐えきれず、十一月末にアイツに電話する。
クリスマスは彼女と過ごしたいんだけど……と反論されたが、彼女とはイヴに会えばいいじゃない。と諭す。
こうして無理矢理取り付けた約束。当日の朝、ソワソワし過ぎて散歩して気を紛らわそうとしていたら、とあるラブホテルからアイツとあの女が出てくるのを見かけた。
こんな所から男女が何をしていたかなんて、分からない訳じゃない。信じられなくて、とても気持ち悪いと思った。
信じられない……たかが埋め合わせの女とこんなことまでするなんて。
走って家まで帰る。心臓がバクバクして苦しくて吐き出しそう……。
なんで?どうして?
ずっとアイツの隣にいるのは自分だけだと思っていたのに、どうしてアイツは他の女と一緒にいるの?
淋しくて、苦しくて、ひどく悲しい。
きっと恋と呼ぶには刺激がなくて、愛と呼ぶには経験が余りにも足りない日々が悪いんだ。
涙を拭って出掛ける準備をする。約束の時間までまだ少しある。
そして待ち合わせ時間。渋々やって来たアイツを、相談したいことがあるからと人気のない場所まで連れて行く。後ろから殴って昏睡させ、更に人の来ない廃墟まで運ぶ。
麻酔薬なんて持って無いから、もしかしたら途中で死んでしまうかもしれない。
震える手で彼の足にナイフを突き刺す。ひとまず逃げ出せないよう筋肉の筋を痛めつければいい。
そうこうしているうちにアイツは目が覚めて、私を止めようと殴ってきた。男の力で殴られれば、私の方が先に死んじゃうから、少し距離を取る。
「お前っ!なんで、こんなことするんだよ!」
「なんでって……。そっちこそ、なんで?なんで他の女で満足するのよ?アンタの隣に私以外の女なんか並べないで!」
意味分かんねーよ!と吐き捨てながらアイツがスマホを手に取ったところで、私の中で何かがプツリと切れた。
気が付いたら私はアイツの頭を抱いて泣いてた。首と胴体は分かれてしまってた。
グズグズ泣きながら鞄にアイツの頭を仕舞って、あらかじめ持って来ていた別の服に着替える。
返り血がついた服は家で細切れにして捨てた。
濡れタオルでアイツの顔を拭く。濁った瞳を見るのが悲しくて、まぶたを閉じるとまるで眠っているように見えた。
寸法を測ってサイズの合う箱に入れると、なんだかとても満たされた気持ちになる。
年明けに共通の友人から、年末からアイツが行方不明だと聞いた。へぇ、そうなんだ。
変なの……アイツはずっと私の隣にいるのに。
そう思いながら、鞄をひと撫でした。
『既読がつかないメッセージ』
君から送られてきたメッセージを何度も読み返す。
打ち明けられなかった秘密の仕事、ずっと認められていた僕への想い、追伸に書かれた大事な願い。
何度も読み返しては、君のことを想いを馳せる。
そうして当て所なく君へのメッセージを綴る。
後悔、言い訳、本当の気持ち、抱いている願望。
何度も、何度も送るも既読はつかない。
頭では分かっている。だけど……感情が、心が未だに追いつかない。
「おはよう」「今日はやっと晴れたね」「紅葉が綺麗に色づいたよ」「君の手料理がまた食べたい」
いつしか、ありふれた日常のことをメッセージで送るようになった。深い意味はないけれど、ひょっとしたら返事が来るかもしれないなんて淡い期待を寄せながら。
だけど、既読なんてつかない。
頭では分かってる。
だって、半年も前に君は亡くなってしまったから。
分かっているけど……感情が、心が未だに追いつかない。
そうして、僕は今日も既読のつかないメッセージを送る。
いつかこれが天国にいる君に届けばいいのにと願いながら。
『君と見上げる月』
全部覚悟して貴方の元を去ったの。
私じゃ貴方を護れないから。足手まといにしかならないから。
だから貴方の元から離れて、私に出来る闘い方をしようって決めた。
例え今生の別れになっても、それで貴方がこれ以上傷付かなくてもいいようになるなら……。
だけど、覚悟して来た場所は怖い人達ばかりで、意図的に傷付けようとする人達ばかりで、恐怖に飲み込まれないように立ってるだけで精一杯になる。
助けてって口に出しそうで、ここから連れ出してって祈ってしまいそうで、覚悟とチグハグな本心が淋しくて苦しい。
空を見上げれば、私の覚悟をせせら笑うような細い三日月が浮かんでいた。
絶対護るって君に約束したんだ。
中途半端な力を振るって、ビビって動けない俺の代わりに嬲られるように傷付けられた姿を見て、自分がたまらなく情けなかった。
だから、次は絶対護るって君に、己の魂に誓ったんだ。
なのに黙って離れた君の覚悟も気持ちも無視して、追いかけた。未練がましく右手に残った温もりを手放せなくて。
何故と問いただすことも、どうしてと責めることも、全部後回しでいい。
今はただただ、君の陽だまりのような笑顔をもう一度見たくて、会いたくて、どうか曇らないでいて欲しいと願う。
空を見上げれば、俺の焦燥感をせせら笑うような細い三日月が浮かんでいた。
『眠れないほど』
眠れない……。
ベッドの中に入って、目を固く瞑っても、今日あったことを思い返してしまう。
どうして、あの時あんなこと言っちゃったんだろう。
どうして、あの時もっと早く気付いていなかったんだろう。
嫌な気持ちにさせてしまったかもしれない。迷惑かけてしまったかもしれない。
そんな一人反省会が私の日課だった。
でも最近、ふと貴方のことを思い出すの。
朝、挨拶できたなとか……廊下で何回すれ違ったなとか。
目が合った時の貴方の表情、交わした会話を思い返してしまう。
不意に見せた貴方の微笑みが、なんだか眩しくて目に焼き付いてしまったみたい。
ベッドに入って、目を固く瞑っても、貴方の微笑みが鮮やかに瞼の奥で揺れているから、ドキドキする。
眠れない……。
早く明日になって欲しいのに、瞼の奥で貴方が笑いかけるから、眠れないほど貴方に恋しているの。
『声が枯れるまで』
声が枯れるまで歌い続けようと思った。
世界中のファンのため、自分のため。
だけど、本当は私を捨てたアイツに届けたいの。
声が枯れるまで歌い続けようと思った。
血が繋がっていなくても本当の父親だと、家族だと思っていたから。
たけど、本当は淋しさで押し潰されそうになるの。
声が枯れるまで歌い続けようと思った。
「世界一の歌手になったら迎えにきてやるよ」とアイツが言った言葉を信じているから。
あの言葉が、私の生きる全てだから。
たけど、本当は置いていかないで欲しかったの。
声が枯れるまで歌い続けようと思った。
誰か私の歌で癒されるから、世界中のファンが救世主を求めるから。
たけど、本当はもう引き返せないところまできてしまった。
ねぇ、この二年間で世界中にたくさんのファンが出来たよ。世界中のたくさんの人に私の歌は届いたよ。
私が皆を導いたら、新時代を築いたら迎えに来てくれる?
声が枯れるまで歌い続けようと思った。
いつだって貴方に届くように歌うから。
たけど、本当は新時代なんていらないの。
ただただ……貴方の隣りで歌っていたいだけなの。