雨に佇む
傘を捨てた。
通りがかった車から放たれた泥水のシャワーを浴びて、世界に失望したから。
濡れた靴下が不愉快で、舌打ちをしかけて、やめた。
数時間後の自分に、態度を諭されるのは癪だから。
滝行だと思って、徳でも積むかと思い立った。
無意識に特大のため息をついて、私はダラダラと歩いた。
重くなった服と、水滴で見えない眼鏡に苛立つ。
急ぐ気力も消えて、ついに立ち止まった。
ふと目の前に、錆びた橋が目に留まった。
そうだ、いっそ濁流でも眺めていれば、何かが変わるかもしれない。
私は水溜まりを踏みつけ、橋の真ん中で茶色くなった川を見下ろした。
「ねえ、ダメだよ」
突如聞こえた焦りに満ちた声。
誰?
否、あまりにも、知っている。
確かに数年前に消えた、あの子だった。
私の日記帳
文字になった記憶と
なぜか薄れていく声に
紙上で再会する
一緒に夜から逃げよう
そして一緒に朝を見に行こう
またあの時みたいに
散歩をして、時間と四季を半分こしよう
世界は変わっていくから。
私一人では、置いていかれてしまうだろうから。
向かい合わせ
「意外と甘えたがりなんだね」
柔らかい声が心身を解いていく。
照れ隠しだとしても
音もなく後ろから羽交締めにするのは
流石にやめてほしいと
大事なあなたに言われてしまったから
勇気を出して、前から抱きついてみるなど...したのだ
「だめでしたか」
やはり恥ずかしさは消えなくて、あえてぶっきらぼうを演じた。
「いいんだよ」
あなたの返事はいつもシンプルだ。
だからこそ、逃げられない。
あなたの前では、心を隠せない。
こんな優しい人の前でなんて、隠す気にもならない。
晒させてください、これからもずっと。
やるせない気持ち
ねぇ、生きさせてくれないかな
心を持つことを、諦めさせないでくれないかな
頼み事が多くてごめんね
半生で見つけた気づきも望みも
口に出したら消されてしまうことを学んだよ
手先が動かなくなるほど冷たい日に
存在そのものが許されないことを学んだよ
わかり合う世界を空想しながら眠りについて
怖い、と泣く夢を見て目覚めた時、息が切れていた
私は情けないから
大半が失望に埋まった脳を抱えて
まだ人生にしがみつくよ
楽園
このガラスの向こうに
世界が繋がっているなんて
信じない
眩しい電灯も
眠りに誘うリネンの手触りも
全て私の認識だというのに。
えぐられてしまったのだ
守り続けていた何かが
ひび割れて、破片を持ち去られた
そのまま、変われないでいるのかと
呆れたような
見捨てられやしないというような
突き放しはしないだけの声が響く
置かれた場所で咲けやしない
それならば
私の桃源郷は
ここから再世される