アクリル

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12/21/2022, 8:52:56 AM

ベルの音


いつも通りにスイッチを引っ叩いた。
塗装はもう剥がれて、縁は少し歪んでいる。

ありがとう、大事にするね。って言ったあの日から数年。
あんたはもうどこにもいない。

ごめんね、捨て方もよくわからなくて。

まだ使えるからさ、惰性で毎朝起こしてもらってるよ。


でも、結局...

あんたの声が、一番心地良かった。

12/20/2022, 7:36:00 AM

寂しさ


無為に絡んでいた人間が散っていく

面倒だから。と吐き捨てた直後の

あの憂いはなんだったのだろう
あの勿体無さは、どこから来たのだろう


12/18/2022, 10:30:06 AM

冬は一緒に



手がガサガサだぁ。

なんて、間抜けな声でこぼして

しきりに手を擦り合わせたり
息を吹きかけて暖めようとしたり
動けばいいんだと言ってバタンバタンと飛び跳ねたり

とにかく忙しい

どうしてその無駄な抵抗は思いつくのに
ハンドクリームを塗る発想にはならないのだろう。

乾いた空気が
鼻をツンとさした。

次はどんな奇行を見られるかな。

12/18/2022, 2:37:02 AM

とりとめもない話



飽きることを知らないやりとりは
いつか鬱陶しくなるのだろうか

思い出のような、愚痴のような
終わったことの羅列で

忘れていた季節を思い出す

こんな中身のない会話で
小さな自分が見つかる

そんな無意味な時間に
頼り切ったままでいいのか

そのままでいいか。
そのままでいいや。

12/16/2022, 5:09:25 PM

風邪



腕時計の針は容赦なく進む。
済ませていないタスクは次から次へと積み重なっていく。
妙に思考がボヤけるのは眠りすぎたからだと思っていた。

多忙に逃げることしか知らなかった私は、そんなことは気にも止めずにシャキシャキと働いていた。

次はあれをやる、その次はこれ。
これは片付いたから報告をして、まだ済んでいないこれは...手間がかかるから保留、今はまずこれを...

作業計画をまとめたところでふと気づく。
今日はやけに寒い。

...?
寒い?なぜ...?
こんなに暖房が効いたオフィスなのに?

............。

...ッ!何やってんだ自分、ふざけるな、忙しいのに...何ボーッとして...っ...


視界が崩れていく。誰かの声がする。


「これくらいできて当然だろう」
「困るよ、新人のくせに返事ひとつできないのか?」

「...すみません」

...あれは、私...?

「反省してんの?改善点は?自分のせいでしょ?」

「自分が、しっかりしてないから...もっと注意を払って取り組むべきでした...」


ミスは悪。自己責任、体調管理も仕事のうち。できないなんて社会人失格...自分のせい。


......!!!
ハッとして脳内を整理する。まずい、私としたことが。
あの件はどうなった?まずは連絡を...

「まだ寝てていいんですよ」

ギョッとして声のした方を向くと、そこには知らない女性がいた。
警戒心丸出しの私の顔を見たその女性は、そりゃあそうなるよね、といった顔でゆっくりと口を開いた。

「私は隣の部署の霧島といいます。ここは私の家です。あなた、通路で私とすれ違った瞬間に倒れたんですよ。ちょうど私が退勤しよう帰り際でしたし、時間的にも病院がどこも空いていなかったので、とりあえずうちに連れてきました。なんとか歩いていましたが、話しかけても返事があまりに弱々しかったもので...私の他に誰もいなかったんです。勝手なことをしてすみません」

私は記憶を一生懸命辿って、自分のしたことの大きさに絶望した。

「本当に申し訳ありません...ご迷惑をおかけしました...すぐ出て行きます...」

彼女は少し困ったような顔をして言った。

「あの...今、あなた、とてもまずいですよ?」

彼女はおもむろに体温計を見せてきた。39.8度と表示されている。

「誠に勝手ながら、お休み中に失礼を承知で計らせていただきました。道中只事ではない様子でしたので。」

「...は?」

「気にしないでください、今は起き上がるのも辛いと思いますよ?」

私はその言葉につられて起きようとした、が、腕が少し上がっただけで、情けなくベッドに逆戻りした。

「ほら、やっぱり。いいんですよ、こんな状態じゃ危なくて帰せません。とりあえずここで、明日までお休みになってください。話はその後です」

私は蚊の鳴くような声で頷いた。これはもう仕方がない。

「はい...すみません...」

「じゃあ、水とか薬はもう用意してあるので。おやすみなさい」

彼女はそっと私の頭を撫でた。
少し冷たい手が心地いい。

距離感のおかしさには熱に浮かされて気づけなかった。

私はそのまま、するりと意識を手放した。

もう、あの変な声はしなくなっていた。

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