雪を待つ
やかましい蝉が死に絶えたから
勝手に霜が降りる。
季節なんて一つ老けるためのオマケだ。
イルミネーション
冷え切った手を握りしめて、私はどこへ行くのだろう?
師走の明らかに浮ついた街を歩きながら、私はすっかり白くなったため息をついた。
師走の喧騒にのまれていく寂しさが、気温も相まって強くなる。
だからみんな、こぞって隣の人を作りたがるのかな。
どうでもいいか、そんなことは。
そんな意味のない仮説は私のような人間が作るものだ。
そういえば、私のひねくれた独り言にいつも「ほほっ、面白いね」とだけ返してくる人がいた。
いつどこで出会ったかも忘れたけれど、なぜか気づいたら隣にいて、毎年この時期になると「光の無駄遣いを見に行こうか」と言って誘ってきた。
私も「そうだね」なんて安直な返事をしたくないから、「所詮ただのLEDを見に行こうかね」と、小憎らしいやりとりをわざとしたりなんかしながら冬を越していた。
いざ出陣、と声を合わせて光の無駄遣い会場に向かい、10分ほど眺めたらお互いに飽きてきて、いかにも無意味なものを見たという残念な顔をして「何が楽しいんだ、こんなものが」とどちらかが言い出し、「光のゴミだ!」と呟き、帰り道に牛丼を食べて年を越していた。
あのルーティンが懐かしい。
私は光のゴミを見にいく人だかりに逆らって歩き出した。
かき分けてかき分けて、あの牛丼屋に向かった。
チェーンでも有名店でもない、個人経営の牛丼屋。
こぎたない看板はあの日から何も変わっていない。
「こんばんは」
「いらっしゃい、1人ね」
無口な店主と2人きりで、私はもくもくと牛丼を食べた。
あの人の声が、今更脳内を埋め尽くしていく。
「うん!やっぱりこの味だね!」
早食いでかき込む時の騒がしい箸の音、その向こうでニヤニヤしながら眺めている店主の顔。
私は震えそうになる声を隠して言った。
「ご馳走様、また来年」
「おう」
店主は、ほんの少し寂しげに頷いた。
物足りない。
完璧な牛丼の味は変わらないのに、何かが足りない。
いつも話を聞いていない、あの適当な返事が欲しくてたまらない。
何一つ中身のない会話をしながら、所詮ただのLEDを眺めたかった。
どうして、あなたはそんな高いところにいるの?
心の中に文句が噴出した。
同じ光ってるってことだとしても、場所が違うでしょうが。
隣にいるべきなのは月じゃなくて私でしょうが。
あんた、月と話して何が楽しいの?平然と隣でピカピカしてるみたいだけど。
なんなら、私が月になってやろうか?
そろそろ首が疲れてきたわ。呑気に瞬いてないでさっさと降りてきなさい!
それか、私が昇っていけばいいかしら?
店主も寂しそうだったわよ!あんたがおかわりしないから!
そうか。
私が向かうべき先は、きっと数十年後に決まるんだろうね。
だからさ、サボらずに瞬いてなさい。
私をちょっとは照らしときなさい。
いいね?
愛を注いで
衣擦れの音で目を覚ました。
寝返りを打ったようだが、起きる気配はない。
柔らかい朝日が穏やかな寝顔を照らしている。
思わず微笑んでしまうほど、ゆるやかに時間が過ぎていく。
今は何時だろう?とスマホを開くと、画面には目覚まし時計のマークがでかでかと表示され、けたたましく叫ぶその時を今か今かと待っていた。
私はムッとして、せっかくの心地よい目覚めを邪魔させないように切ってやった。
今日は休日。
とっておきのあたたかい声で、この子を夢から連れ出そう。
心と心
何度かの相槌を打って
簡単に絡み合う共感が
どうして愛憎を生むのだろう?
どうしてそれ以上を求めてしまうのだろう?
自分も変われない、相手も変わらない。
それなら、生身の関わりもSNSのように
気の赴くままに切って、繋がって
好き放題にものを言おう。
人間なんて
その程度で生きればいい。
何でもないフリ
丈夫な体は朝になると
ロボットのように動き出す
己の意志より強く
誰よりも弱い、人間らしい心を抱えて。
裸足のまま
埃を踏んで歩き出す
寝巻きを脱ぎ捨てて、鞄を掴んで
磨き忘れた靴を履いて
気温を感じない外に出る。
無人の部屋を背に
これからするべきことは...
あっけらかんとしよう
澄ました顔で会話をしよう
ほどよく軽口を叩いて
時には甘い言葉を吐いて
相談事は嫌味にならない程度に品よくまとめて
失敗は笑い話にして親近感を得よう
したたかな生き方を
大人になったと勘違いして。
本当は何も取り繕いたくなんかないのにな。
いつからこんなに
口を噤むようになったんだろう?