静かな夜明け
今思えば楽しい日々だった。
慟哭し泣き腫らした夜の孤独な日々も…笑うことや夢見ることを忘れていた日々も。
そんな日々があったから、お日様がじんわり暖かく希望を与えてくれる。
特に何もないけど、明るい日差しの中で青空を見上げ深呼吸する。
胸一杯の太陽の香り。それだけで生きていて良かったと…もう少し生きていようと、思えるのだ。
人間て単純でかわいいものなのだ。
嵐の後風がやみ、暗闇は次第に群青の空へそして薄紫から赤みがさして静かに夜明けが訪れる。
面白がって全てを受け流す。
笑い飛ばしてしまおう、バカな自分を。平気なフリで生きるには難しいけど…今、最後の夜が、静かに明けてゆく。
バイバイ
生まれてから今迄どれくらいバイバイと言ってきただろう。
笑顔で…無表情で…泣き顔で…。
1番辛かったバイバイは何だった?
人との別れはさだめだから諦めもつく。
自分自身…それも誰かに恋をしてドキドキしてキュンとして苦しくなって…そんな恋心にもう2度と出会うことが叶わない、淋しい自分自身にバイバイした時、1番悲しかった。
未来はわからないと言うけど、枯れてしまった葉っぱは風に吹かれて飛んで行くだけ。バイバイと…。
旅の途中
旅をして来た、そして今も旅の途中
一人の時もあった。そして二人、三人、四人、五人の旅は楽しかったけど苦労も多かった。そして今二人になり最後の旅が始まった。
同じ方向を向いてると思っていたら全然違う方向を向いていたことに今更ながら気づく。結局この旅は孤独な旅なのか…と。
それぞれが一人きりの車両に乗り孤独な旅路を行く。たまたま方向が同じで一緒の旅に思えても心の中は違うし、目的地も違う事には気付かないふりをしている。
そもそも目的地はどこ?
観光地すら意見合わないのに。
天寿を全うすること?
同時にあの世への旅に向かうこと?
たとえ手を繋いでも、抱き合って命を終えたとしても魂は一緒なのだろうか?その先の旅は孤独な旅ではないのだろうか?旅の終わりはどこなのか?
そんな事わかるはず無い。今枯れ葉が川に浮かび、流れどっかに引っ掛かり又流れる。沈んだり浮かんだり
桜の花びらと一緒だったり、昇り鮭とすれ違ったり、ダイヤの様な霜と仲良くなったり、賑やかなこの旅を楽しもう。この自由な孤独の旅を。
帽子かぶって
幼稚園の頃、どうしても帽子を被りたくなかった。頭にのせる、頭を締め付けられる、それだけで全身を縛られてる感じがしたからだ。
母親はいつも帽子をかぶっていた。
何故か。年をとってようやく分かった。
最近帽子をかぶるようになった。
あれ程嫌いだった帽子。夏も冬も。
恥ずかしさと心細さと寒さと…。
髪の乱れを隠し、ふわっと包む安心感と、冷たい風から耳まで温めてくれる帽子。
今では外に出る時はお守りのようにずっと私に寄り添うように。
今日も私は帽子をかぶって…。
わぁ!
ある正月の夜の事である。
同級生数人と家族全員集まってご馳走を食べ、子供達はあちこちで遊び回っていた。いつものゲームや紐引き大会、でもいつもいるはずの息子の姿がない。付き合いがあり来られないと連絡があった。彼が居ないだけで何か忘れているような感覚になる。それでもあっという間に時間は過ぎた。そろそろと重い腰を上げかけたその時である。
バン!と扉が開き、全裸の息子が入って来た。丸いお盆を股間に当てて踊りだしたのだ。
わぁお!
全員驚きと恥ずかしさと嬉しさの混ざった悲鳴が響き拍手喝采となった。
サービス満点の優しい彼はこの為だけに家に寄ってくれたのだった。
自慢の…息子である。