…なぁ、あの人さっきも居なかったか?
ほら、コンビニに来る前からあそこに立ってただろ。
…やっぱ居たよな?な?良かった〜、なんか俺にしか見えてない幽霊とかそんな感じかと…。
……でも、変だよな。
こんな雨なのに…ずっとあそこにいるんだぜ。
傘も無さそうだし、カッパを着てる訳でも無いし。
誰かを待ってるわけでもなさそうだし…な。
…あの人、なんなんだろう。
……なんか不気味だし、さっさと行こうぜ。
幽霊でも、生きた人間でも怖いからさ。
日記帳にはその人の念が籠もる。
日々の出来事、不満、怒りなどなど。
強い感情を書き綴るからだ。
特に、暗く重い感情を描いた日記は呪物に近くなる。
気分が憂鬱とし、嫌なことが続き、悪いものを呼ぶ。
だから、気を付けないと。
いつの間にか、取り返しのつかない事になってしまうから。
二人の世界に入り浸るカップルと、幸せそうな家族。
どうして、こんなに幸福で満ち溢れた空間で、私達は別れ話をしているのだろう。
向かい合わせるように座った彼の隣に座る、私と全然タイプが違う女。
つい最近まで、彼の隣は私のものだったはずなのに。
「……ごめん。そういう事だから」
それだけで話を終わらせそうとする二人。
思わず、彼の頬を引っ叩いてしまった。
「……私の、今までの人生を返せ」
彼が「可愛い服が好き」と言ったから、好みじゃない服を着ていた。
彼が「ショートヘアの方が好き」と言ったから、毎日丁寧に手入れしてきた髪を切った。
彼が「細いほうが好き」と言ったから、平均的だった体重を平均以下に下げた。
もう、私は以前の私じゃない。
クローゼットは可愛い服でいっぱい。
部屋の中は好きじゃない小物で溢れてる。
「…返せ、以前の私を返せよ…」
数年間、可愛い女の子を続けてきたから、私は本物の可愛い女の子になってしまった。
彼と一緒にいられるなら、それでも…と思っていた。
なのに…、なのに…。
彼は今の私とは対照的な、カッコいい女を選んだ。
ありのままの私を受け入れなかったくせに……。
「……どうして…」
ルンルンで買った新商品のコンビニスイーツが、少しだけ苦手な味だった。
新しい靴で外に出掛けた時に限って、少し強めの雨が降ってきた。
ラスト一つのパンを買って喜んでいたら、その側から焼き立てが補充された。
洗濯物を干した数十分後に天気が怪しくなってきた。
あれ飲みたい!と思った時に限って、それが無い。
買いに行く元気もない。
給料が入り、ルンルンで明細を見ると数万円は税金で持っていかれた。
日常の中にある、やるせない出来事。
進め、進め、大海原へ!帆を張り、舵を回せ!
俺達を阻む者はいない!だって自由な海賊だから!
ワイワイ、ギャーギャーと厳つい男達が騒ぎ合う。
その酒を寄越せ!これはオレのだ!
酒を求め、殴り合う二人のクルー。
周りは止めずに、やんややんやと囃し立てる。
賭けをする者、酒の肴にする者、巻き込まれぬように逃げる者。
興奮は最高潮に達し、賭けも酒も喧嘩も盛り上がったその時。
奥の部屋から、ドカンと扉を蹴破りながら船長が姿を現した。
途端にシー…ンと静まり返る甲板。
その様子を見た船長は、鼻をフンッ!と鳴らしながら部屋に戻っていった。
「何が”俺達を阻む者はいない“だ。俺が睨めばシンと静かになるくせに。まだ若けぇんだよ。オメェらは」
進め、進め、大海原へ。帆を張り、舵を回せ。
船長には逆らえなくても俺達は海賊。
阻む者は船長以外いないんだ。
少し静かになった宴は、太陽が沈むまで続いた。