白くぼやける視界のどこかで真白なしっぽが揺れている。
姿はほとんど見えないけれど、あれはおそらく猫だろう。細長くて、柔らかそうで、ゆらゆらと左右に揺れるあれは、きっと猫のしっぼに違いない!
であれば保護しなければ。こんなところに長いこと居続けたら良くないのだから。
……はて。
疑問を孕む声が不意に口をついて飛び出した。
ここはいったい何処だろう。
なぜ僕はこんなところに一人立ち竦んでいたの?
良くないって、なに?
そもそも──僕の、なまえは?
深まりつつある霧の中、しっぽは変わらず揺れている。
▶︎光と霧の狭間で #15
炎に巻かれて去りし葉を今か今かと待ち侘びて
しずく流るるあくる日の霧にそなたを垣間見る
▶︎燃える葉 #14
久しぶりの非番だというのに午前から呼び出されてしまった恋人を待つ間、コーヒーを一杯注ぐことにした。
常温の水をメーカーに入れて少し待つと、コトコトという音とともに湯気が上り、独特の苦味が柔らかく鼻腔を擽る。コーヒーが出来上がるまでのこの瞬間が一番好きなのだ、といつの日か彼が言っていたのを思い出す。
「遅いなあ……」
彼は、ちょっとした変化に気付いては嫌味なくサラリと褒めるようなひとで、たまにこちらを揶揄っては言い返されるたびに面白そうに笑う顔がなによりも素敵だった。
舌も、上背も、感性も、何においてもがわたしよりうんと大人だから、いつか私を置いて遠いどこかへ行ってしまうんじゃないかと怖かった。
……だけどもう、きっと大丈夫。これからはずっと傍にいるって約束したもの。
「はやく帰ってこないかな」
その時、─── ジリリン!!と受話器が揺れる。
天井から吊り下げられた真白な光が、約束の証にギラリと反射した。
▶︎コーヒーが冷めないうちに #13
靴紐がほどけたらきみに結んでもらおう
▶︎靴紐 #12
たとえば、ゆるやかなみどりの丘
どこまでも続く色とりどりの花畑
華やかなそこに、ひとつだけ露出した土があるとして
あなたは場違いだと文句を言うでしょうか
植える花を見繕うため丘を下るでしょうか
それとも、見て見ぬ振りをするでしょうか
その空白をひたすらに見つめていたひとは
こう言いました
隠すだなんてもったいない!
この土があってはじめて花畑は完成するのに、と
▶︎空白 #11