接吻ひとつで誰かのすべてを知れるなら
どんなに楽だっただろう
俺の身体ひとつで誰かを掌握できるなら
どんなに楽しかっただろう
差し出したものに対価がつくと分かっていたら
きっと俺は、今頃ここには居なくて
きみと話すことなんかひとつもなかっただろうけど
▶︎Kiss #18
母が生前使っていた机の、下から二番目の引き出しから、一冊の日記帳を見つけた。それは筆まめな母が毎晩のように書き付けていたものだった。
「懐かしいなぁ」
幼い頃から、お喋りなくせに大事なことはあまり言わない母がいったい何を思っているのか気になって、中身を見せて欲しいと何度も強請っていたが、一度たりともその願いが叶ったことはない。ある時期を過ぎた頃から強請ることはなくなったが、それは単に、母も一人の人間だということを認識するようになったからであって、興味が失せたわけではない。さらに言えば、その思いは今もなお健在である。
……何が言いたいかと言えば、読みたいのだ。これを。
気を遣るべき母はすでに亡き人となってしまった。父は一定の距離を取ることで他者と信頼関係を築く人で、さらに母の尻に敷かれていたので、彼女のもっともプライベートな部分──ここで言えば日記の中身──には無遠慮に触れようとしない。この日記帳の存在を知らない可能性すらあるような始末なので、きっと目撃されても何も言いはしないだろう。
──例えば、家族の大切なものをひとつだけ自由に暴けるとしたら、君はどれを選ぶ?
▶︎閉ざされた日記 #17
心の片隅でずっと抱えていた違和感に気付かないふりをし始めて、早くも四年が経とうとしている。
▶︎心の片隅で #16
白くぼやける視界のどこかで真白なしっぽが揺れている。
姿はほとんど見えないけれど、あれはおそらく猫だろう。細長くて、柔らかそうで、ゆらゆらと左右に揺れるあれは、きっと猫のしっぼに違いない!
であれば保護しなければ。こんなところに長いこと居続けたら良くないのだから。
……はて。
疑問を孕む声が不意に口をついて飛び出した。
ここはいったい何処だろう。
なぜ僕はこんなところに一人立ち竦んでいたの?
良くないって、なに?
そもそも──僕の、なまえは?
深まりつつある霧の中、しっぽは変わらず揺れている。
▶︎光と霧の狭間で #15
炎に巻かれて去りし葉を今か今かと待ち侘びて
しずく流るるあくる日の霧にそなたを垣間見る
▶︎燃える葉 #14