理想郷ってどんなもの?
苦しみも、悲しみもないのかな。
ずうっと、みんなが幸せそうに笑っている場所?
それはいいね。なによりだ。
でも、それって本当に人間なんだろうか。
悩みも後悔も、人を形作る大切な一部。
それを置き去りにして幸せになったって意味がない。
乗り越えてこそ、幸福がある。
もし、生まれ変わる先に理想郷とこの世界を選べたら
あなたは、どっちを選ぶ?
「行かないで」
私の声が、伸ばした手が、よく晴れた爽やかな空に消えていく。
あなたはもう私の声なんか聞こえていないとでもいうように、一直線に走っていってしまう。あんなに私のことが大好きで、盲目的なまでにじゃれて抱き合った日を忘れちゃったの?
あなたは青空が好きで、今日はご機嫌だったじゃない。
さっきまでは二人で仲良くデートしてたのに。
こんな裏切り、ひどいよ。
「ああ、行かないで!ポチ〜!」
「あははっ!久しぶりだね〜、ポチくん」
愛するあの子は、憎き我が親友に駆け寄って、私にするようにじゃれて抱き着く。
その足元から、リードに繋がれたそちらの子が私を気遣うように寄ってきた。
「なんでよ……私よりその女の方を選ぶって言うの……?」
「相変わらず昼ドラみたいな言い草好きだね、あんた」
ただ今だけは哀れなヒロインと化した私を、愛しいあの子はきゅるんとした瞳で見つめていた。
「声が枯れるまで、愛を叫ぶ」というようなフレーズをよく目にする。
私はそれがどうも、独りよがりなパフォーマンスに思えてしかたがなかったのだが。
あの人に出会ってからは変わった。これが恋なのか。
今にも崩れ落ちそうな崖の上でだって愛を叫べる、燃え上がって止められない情熱。
でも、あの人なら言うだろう。
「そんなことしなくていいよ」って。
どうして?なんて、聞かなくてもわかる。
「叫ばなくたって、わかっているから」
恐怖の記憶というものは、誰だろうと持っているものだろう。生きていくうえで、恐怖を避けては通れない。
もちろんそれは私にもある。まるで頭蓋骨にこびりついたように離れない恐怖が。
そして記憶というものは、ふとした時に思い出されるもの。
それが幸せな思い出ならば幸福にもなり得るが、そうでなければ、ただつらい思いをするだけだ。
忘れたくても忘れられない思い出は、どうにもできない。忘れられないのだから。
だから私は、思い返すことにした。幸せな記憶を。
上塗りして、上塗りして、上塗りしてしまうのだ。
だって、つらいことよりも、幸せなことを考えているほうが幸せに決まっているのだから。
もしつらい記憶に苦しんでいる人がいれば、どうか負けないでほしいと思う。
考えるだけ無駄だ。思い出すだけ無駄。過去は変えられない。
過去に殺されるなんて馬鹿馬鹿しいと思わない?
あなたの大切で貴重な時間を、そんなことで消費するなんてもったいないよ。
私はやわらかな光が好きだ。
特に、冬の日差し。夏の肌を刺すような光でもなく、秋の爽やかな暖かい光でもない。
冬の日差しは、寒い寒いと震える私達を優しく包み込んでくれるようなあたたかさがある。目にも優しい明るさで世界を照らし、お天道様が私達に「見守っているよ」と伝えてくれるようなやわらかな光。
ああ、これからの冬が楽しみだ。