「……止まるなら、今がいいなぁ」
未だベッドの上、夢とうつつの狭間にいる君がぽつりとこぼし、眉を下げてふわりと微笑う。
愛しげに細められた彼女の目尻から、ころり、と涙の粒が頬を伝った。
身体を起こしてはいるものの、ぼんやりとこちらを見つめ目の淵に涙を湛える彼女を驚かせないよう、ゆっくりと手を伸ばす。柔らかな頬を包むと、すり、と手に頬を擦り寄せてきた。
本当ならいいのに
そう呟きながらぽろり、ぽろりと涙をこぼし、うっとりと目を閉じる彼女の頬を親指で拭いとっていると、細くしっとりとした二の腕が首に縋り付いてきた。
「……本当、いい夢。……会いたいなぁ」
泣き笑いの顔で頭へと頬擦りをする彼女の腕を無言で解き、そのままぽすりとベッドへ押し倒す。
上から覆い被さるようにして顔を寄せれば仰向けの彼女はえ、と目を見開いていた。
その表情を見て少しだけ溜飲を下げると、耳元に唇を寄せ「夢な訳あるか」と囁いてやった。夢であってたまるか。
え、でも、だって、と混乱している彼女の背を掬い上げるようにして抱き寄せ、「ただいま」を告げる。
そのまま縋るように彼女の肩に顔を埋め、ぎゅうと回した腕に力を込めた。
『時間よ止まれ』
/俺も会いたかった
ぽつり、ぽつりと遠くに灯る明かりの一つ一つに、それぞれの幸せがある
きっと私は、この薄闇に散らばる数多の灯火の持ち主たちとは、これからも直接出会うことも語らうこともないでしょう
それでも、それぞれの窓辺にポッと灯る街の明かりは、これからも私が世界にひとりきりでないことを教えてくれるのでしょう
『夜景』
/見知らぬ貴方の幸いを
身の程知らずにも
願ってしまったのだ
憧れて、憧れて
側に行きたくて
たとえ燃え尽きてしまったとしても
どうか
貴方に近づきたいと
『命が燃え尽きるまで』
/届かないと知りながら
とてもありふれた柄の貴女だけど
『私の猫』は貴女だけ
だぁい好きですよ
『世界に一つだけ』
/わが家の最愛
あぁ、まただ。
不意に空から降り注ぐ音に足を縫い止められてしまった。
苦々しい思いでふり仰ぎ見つめた先、頭上のビルボードには私の知らない名前を持つ、私の知ってる彼の姿。
彼の指が跳ねるたびに、夏草に散った水滴のように弾んでは転がる音の粒たち。
音が跳ねて踊ってるみたいねと冗談めかして言ったあの日から、どれほどの季節が巡っただろう。
鍵盤の上を跳ねる指
ギターの弦を弾く指
踊るように弾むその指先を、柔らかな声で紡がれるまだ歌詞のないその旋律を。
ただ隣で聴いている時間が大好きで、大切だった。
人の心を惹きつけて止まない音。
彼の目から見た世界を、奏でる音を私は愛していた。
そしてそれは私以外ももちろん例外ではなかった。
『音楽』を愛して止まなかった彼が、やがて『音楽』に見出され、『音楽』から選ばれるのに、そう時間はかからなかった。
そうして彼は、『音楽』に手を引かれて行ってしまったのだ。
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スクリーンに写ってるのは、あの頃より少し大人びた、知らない名前の知ってる彼。
降り注ぐ音楽は今も変わらず人を惹きつけて止まない、私の大好きな音なのに。
昔、無邪気に聴いていたころより深みが、愛おしさが、衝動が、切なさが滲む音。
私の知らない誰かを想って紡がれる歌。
もう聞きたくないと思ってしまった。
金縛りにあったように動けない私に、容赦なく『彼の音楽』は降り注ぐ。
大好きだった彼の音が、空っぽな私の中を満たしてゆく。強制的に『彼の音楽』に満たされてしまう。
私に宛てられた歌じゃないのに。
満たされて、抱えきれなくて、溢れて。
頬を伝った涙がアスファルトに弾けて転がった。
『躍るように』
/かつて灯火を灯した女の子の話