Yuno*

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5/12/2023, 3:16:41 PM

【子供のままで】

幼馴染みと思っていた彼女が実は許嫁だと両親に告げられた日から、もう十年以上経った。

大人しくて、直ぐメソメソと泣いて面倒臭い、気が合う訳でもない彼女。それでも子供なりに仲良くしようとしたものの、相手が五歳の女の子では流石に男同士の友達のようには上手くいくはずもなく。両親には言えなかったが、こんな辛気臭い女とは結婚したくないと当時思っていた。
だが思い返せば、俺の名を呼ぶ柔らかく優しい声は心地好く耳に響いた。人見知りの気がある彼女が初めて向けてくれた笑顔は、とても可憐で幸せな気持ちになった。
幼心に、結婚したらこの笑顔が毎日見られるのではないかと思った時、何だか嬉しくなって、結婚してもいいかなという気になったのを覚えている。
決して彼女が嫌いだった訳でも無関心でもなかったのだ。
初めこそギクシャクしがちな俺達だったが、いつの間にか自然に寄り添い側に居るのが当たり前になっていった。

時が経ち思春期を迎え、俺のある不誠実な行動から、彼女に距離を置かれてしまった。
その時初めて彼女が『居て当たり前の存在』ではない事に気付き、己の子供染みた言動を省み恥じた。
彼女はいつでも将来の妻たる自覚を持って俺に寄り添い、喜びも苦しみも分かち合おうとしてくれていた。なのに俺はその優しさに甘え、彼女の覚悟の強さを侮り無下にしてしまったのだ。

そして、いつも幸せな気持ちにさせてくれた彼女のあの笑顔を、俺は随分長い間見ていない事に今頃気付く。

今のままの俺では、いつか愛想を尽かされる日が来る。否、彼女に避けられているこの状況こそ正にその時なのではないか?
そう思い至った瞬間、抉られるような胸の痛みと耐え難い後悔、堰を切ったように溢れ出す彼女への恋心を自覚した。
自分の想いに今更気付いたところで、今までの言動を思えばもはや彼女に好かれる要素が己に微塵もなさ過ぎて、溜め息しか出ない。この期に及んで許され好かれようなど、虫の良い言い分だとも判っている。
それでも―――
幼い頃、俺に向けてくれたあの笑顔をいつの日かきっと取り戻してみせると心に誓った。
その為に俺は、彼女を慈しみ幸せに出来る男にならなければならない。

いつまでも子供のままでは駄目なのだと。



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※『俺』= 2023/4/6 お題【君の目を見つめると】の『君』


5/9/2023, 2:00:48 PM

【忘れられない、いつまでも。】


こんな筈じゃなかった。
何処にでも転がっているような、ありがちなワンナイトのつもりがどうしてこんな事になったのか。

彼女の甘ったるい香水の匂いや、苦痛の中に混じり始める甘みを帯びた喘ぎ声、白く黒子一つない柔肌、胸から尻にかけて男のそれとは完全に違う艶かしい身体の曲線、俺の身体を撫でる艶やかな黒髪、与えられる初めての快楽に戸惑いながらも抗えない表情。
その全てが俺の身体、網膜、嗅覚、脳髄に刻み込まれてしまった。

「さっさと忘れてね、私の事なんか」

別れ際そんな事言われちまって、逆に忘れられない。
しかも名前も歳も勤め先も経歴も、全部嘘っぱちじゃねぇか。
お陰でこっちは未だに顔と匂いだけを頼りに、アンタをずっと探してる。

清純ぶった顔をして、大した女だよアンタ。



5/6/2023, 10:46:02 AM

【明日世界がなくなるとしたら、何を願おう】


その瞬間、恐らく俺がアンタの側に居る事はないだろうから。
ならせめて、アンタが苦しまずに逝けるように。

あわよくば、最期に思い浮かべるのが俺であるように。

4/30/2023, 3:09:23 PM

【楽園】

訪ねればいつも優しく微笑んで俺を迎えてくれた、貴女の暮らす小さなワンルームが俺の好きな場所。

貴女と居ると、自分でも驚く程穏やかな気持ちで居られる。
身の内に潜むどす黒い感情も。
時折暴れ出す、己に対する憎悪にも似た怒りも全て中和されて。
それでいて貴女の前ではいい人の振りすらしなくて良いなんて。
自分が受け入れられていると、素直に信じる事が出来たのは初めてだ。
他人を愛おしいと思えたのも、貴女が初めてだったんだ。

こんなに無数の人間が存在する世界で、俺が欲しいのは貴女だけ。
だから失いたくない。守りたい。
貴女の存在と穏やかなこの場所が、俺の聖域であり楽園なのだ。

4/28/2023, 9:51:45 PM

【刹那】

珍しく彼と喧嘩した。
絶対に譲れないと思っていたけど、今となっては心底下らない意地の張り合いだった。

目の前の彼は唇を真一文字に結び、眉を顰めて私を睨む。そんな拗ねた顔すら格好良くて―――
喧嘩中だというのにそんな事を思いながらうっかり見惚れた刹那。
柔らかい感触が私の唇に触れて離れていった。

「そうやって誤魔化そうとする……!」

とは言うものの、完全に戦意喪失し声も明らかにトーンダウンしている私を見て、少し困ったように彼は笑う。

「何か……止め時分からなくなってたし」
「考えてみればビールがスーパード○イかプ○モルかなんて、どうでもいいよね」
「両方買えばいい話だしな」

かくして、不毛な喧嘩は終了したのだった。

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