【忘れられない、いつまでも。】
こんな筈じゃなかった。
何処にでも転がっているような、ありがちなワンナイトのつもりがどうしてこんな事になったのか。
彼女の甘ったるい香水の匂いや、苦痛の中に混じり始める甘みを帯びた喘ぎ声、白く黒子一つない柔肌、胸から尻にかけて男のそれとは完全に違う艶かしい身体の曲線、俺の身体を撫でる艶やかな黒髪、与えられる初めての快楽に戸惑いながらも抗えない表情。
その全てが俺の身体、網膜、嗅覚、脳髄に刻み込まれてしまった。
「さっさと忘れてね、私の事なんか」
別れ際そんな事言われちまって、逆に忘れられない。
しかも名前も歳も勤め先も経歴も、全部嘘っぱちじゃねぇか。
お陰でこっちは未だに顔と匂いだけを頼りに、アンタをずっと探してる。
清純ぶった顔をして、大した女だよアンタ。
【明日世界がなくなるとしたら、何を願おう】
その瞬間、恐らく俺がアンタの側に居る事はないだろうから。
ならせめて、アンタが苦しまずに逝けるように。
あわよくば、最期に思い浮かべるのが俺であるように。
【楽園】
訪ねればいつも優しく微笑んで俺を迎えてくれた、貴女の暮らす小さなワンルームが俺の好きな場所。
貴女と居ると、自分でも驚く程穏やかな気持ちで居られる。
身の内に潜むどす黒い感情も。
時折暴れ出す、己に対する憎悪にも似た怒りも全て中和されて。
それでいて貴女の前ではいい人の振りすらしなくて良いなんて。
自分が受け入れられていると、素直に信じる事が出来たのは初めてだ。
他人を愛おしいと思えたのも、貴女が初めてだったんだ。
こんなに無数の人間が存在する世界で、俺が欲しいのは貴女だけ。
だから失いたくない。守りたい。
貴女の存在と穏やかなこの場所が、俺の聖域であり楽園なのだ。
【刹那】
珍しく彼と喧嘩した。
絶対に譲れないと思っていたけど、今となっては心底下らない意地の張り合いだった。
目の前の彼は唇を真一文字に結び、眉を顰めて私を睨む。そんな拗ねた顔すら格好良くて―――
喧嘩中だというのにそんな事を思いながらうっかり見惚れた刹那。
柔らかい感触が私の唇に触れて離れていった。
「そうやって誤魔化そうとする……!」
とは言うものの、完全に戦意喪失し声も明らかにトーンダウンしている私を見て、少し困ったように彼は笑う。
「何か……止め時分からなくなってたし」
「考えてみればビールがスーパード○イかプ○モルかなんて、どうでもいいよね」
「両方買えばいい話だしな」
かくして、不毛な喧嘩は終了したのだった。
【生きる意味】
例えば夢を叶える為
例えば大切な人を幸せにする為
例えば社会的に成功する為
例えば趣味を極める為 etc.
色々あっていいし、人生の途中で変化していく事もあるかも知れない。でもきっとどれも正解なんだと思う。
自分で見出だし、そこに誰の意見も価値観も介在せず、命尽きるその日まで全うするもの。
己の心の中にのみ存在する、究極の自己完結。