『雫』
どこからか水の音がする。
雫が落ちる音。
一定の間隔で聞こえる音。
寝ている時も、起きている時も、
座っている時も、立っている時も、
考えている時も、話している時も。
ずっと聞こえる音。
自分にしか聞こえない音。
自分だけの、音。
私の心が泣いている、音。
呼吸の仕方さえ、忘れてしまった。
君が僕の前から消えたあの日から。
君は僕の全てだった。
僕の全ては君のものだった。
君がいたから僕は笑えた。
君の隣だから息ができた。
「大切」なんて、そんな稚拙な言葉で表したくはない。
けれどそれが僕が表す最大限の言葉だった。
君がいなければ意味がない。
君がいなければ呼吸さえできない。
君がいないなら、僕は何もいらない。
どこもかしこも春爛漫。
私の気持ちとは真逆な景色が広がっている。
辛いことがあった時、
ここはいつでも私を優しく包み込んでくれる。
春には柔らかな光。
夏には心地よい風。
秋には暖かな色彩。
冬には澄んだ空気。
どんな季節でも、どんな私でも、全てを包み込んでくれる。
新しい環境。
初めましての人も、慣れないことも、
全部私を追いかけて焦らせる。
もう無理だと思って逃げた先。
どうしようもなくなって逃げた先。
いつもの場所。
目を開ければ桜の花がいっぱいに咲いて。
柔らかな光をうけて。
優しい桜の色が私を包んで。
大丈夫だと、
逃げる時があってもいいんだと、
焦らなくてもいいのだと、
満開の桜が教えてくれる。
まさに春爛漫。
私の気持ちとは真逆な景色。
だけど、その景色は私の全てを包んでくれる。
大好きな君に伝えたくて。
大好きな君と笑っていたくて。
大好きな君が隣にいるだけで、
たったそれだけのことって笑われるかもしれないけど、
それでも君が隣にいるだけで
僕の世界は色付いて。
グレースケールの世界にパッと色がついたように。
真っ白な紙にインクを落としたみたいに。
雲がかっていた空に光がさすように。
ただの青空に虹がかかるように。
大好きな君がいるだけで、
僕の世界はこんなにも幸せに溢れるんだ。
雪の降る夜。
僕は君に言葉をかける。
君が頷く。
そんな君の頬は赤く染まっている。
僕と君。
目を合わせて微笑む。
ただの夜が、今、特別な夜になった。