「それにしても、あの身近な者にしか気を許さず、例外なく私にも冷えた目を向けてくれたお嬢様がまさかただ人見知りをしていただけだったとは……。
誰も知らない秘め事を打ち明けてもらえるなんて、至上の幸福だな。」
「常にそのくらいの気持ちでいてもらわなければ困りますわっ! だって貴方はこの私のメイドなのですもの!!」
「お嬢様、伝わらなかったか? 今私は嫌味を言ったんだ。……人前じゃ明日の天気だって話せないのに学園で友達百人は作るって? はぁ〜、困ったお方だね。」
「困っているのになぜ笑っているの?」
「今のは面白い仕事になってきたな〜って意味だよ、お嬢様。」
誰も知らない秘密
「そういうの、いらないよ」
わたくしがあなたの額に手を当てようとするよりも早くあなたは私の手を抑える。体温を確かめようとしたのに、防がれてしまったみたい。
体調が悪いのではないの? ずっとぼーっとしていたから、てっきり熱があるのかと思ったのに。
考えをそのまま伝えると、あなたは深くため息を吐いて「だからそれがいらないんだ」と再び拒絶した。
「私に世話焼いたって意味が無いんだ。心配なんていらない、やめてくれ。」
あぁ、彼女のかわいらしいかんばせに影が落ちてしまった。わたくしはいつだってあなたの笑顔が見たいのに。
きっと、また何かをその純粋な心で真摯に受け止めて、咀嚼して、傷を負ってしまったのだろう。わたくしのようにあなたも、恵まれすぎたおうちに生まれたから。わたくしたちの目の前に転がされる優しさは噛めば甘いが、棘がある。
だから、教えてあげなきゃ。わたくしがあなたにあげる気持ちは甘いだけで、棘なんて無いって。
本当のわたくしよりもずっと無垢で純粋で呑気で可憐な、あなたの心の中にいるわたくしのヴェールを纏って、甘いそれを投げ入れた。
「まあ、意味があるかどうかはわたくしが決めるのよ。わたくしがお世話を焼いてあなたが身体を大事にしてくれるなら、いくらでも心配してあげる。」
「そういう意味じゃ……いや、もういいよ。」
「なら中に入って、暖かい飲み物を頂きましょう。ここは冷えるわ。」
やさしくしないで
苦しかった、辛かった。
泣いて、挫けて、折れて、崩れて、潰れて、途絶えて、真っ暗になって……
それでも立ってきた。
弱い自分が惨めだった。力がなくて悔しかった。簡単なこと一つも考えられなかった自分が嫌だった。泣いてばかりで腹が立った。
でも心の奥の私が言う。
それでも立ってきたんだろ!
ぶわりと体が熱くなる。熱くてあつくて火傷しそうだった。自分の体の中の心の奥のもっと深い芯の部分が燃えている。薪は情けなくて弱かった自分。
さよならなんて言わない。この薪はこの身が立つ限り燃え尽きて灰になったりはしないから。
いつか、今の自分じゃ考えられないような壁に当たってしまったとして、挫けてしまったとして、消えてしまうという時に。その時私は精一杯叫んで
それでも立てよって叫んで、私は喜んで薪になろう。
バイバイ
時間になった。
もうすぐ動き出す電車に乗りこんで、悲しそうに私を見つめるあなたに手を振る。そんな顔をしないで。いつかまた会いましょう、なんて返せば、あなたはきっと曖昧でも笑ってくれただろう。それで円満な別れになる。けれど……。
最後なのだ。
あなたに会えるのは今日が最後だから。今日くらいは、そのまま。
「泣いてよ」
泣いてよ、他の誰でもない私だけのために。
小さな勇気
子供のままでいることなんて誰にもできないけれど。
いつかみんな、大人にならなきゃいけないけれど。
今だけは子供の頃に戻って、あの頃を懐かしもう。楽しもう。この尊い時間を大切にしよう。
今だけ、今だけだ。
長く続かない幸せに少しひたらせてくれたら、また前へ進めるから。
子供のままで