"やさしさなんて"
一切の瑕疵のないやさしさしか認めない、と言えるのは、よっぽど傲慢で幸福な人だと思う。
やさしさなんて、と振り払うことが出来る元気があるのなら、きっとまだまだ大丈夫。
地獄はこれからだから、楽しんで。
"風を感じて"
お参りする時にいつも道の脇に飾ってあった、沢山の赤いかざぐるま。
カラカラと回るそれが不思議で、あれはなぁに、と祖父に尋ねると。
ご先祖さまや亡くなった人達が、
ここにいるよ、と教えてくれているんだと。
よく来てくれた、と歓迎しているんだと。
そう教えてくれた。
ふぅん、とその時は納得したけど。
今思うとなかなかにホラーな考え方だよね。
"夢じゃない"
空から舞い落ちる灰が、雪のようだった。
踏み出した足が、さくり、と音を立てて僅かに地面に沈み込む。
黒と白に覆われた地の下で、知らずに踏み潰したものは何だったのだろう。
踏み出す度に、靴底ひとつ分の誰かの大切な何かが塵になって消えていく。
きっと、救いはない。
赤く、黒く、そして白く。
燃えて、焼け落ちた光景は、夢なんかじゃない。
ひどく狭いこの現実という器の底の底には、墓場によく似た安寧だけが揺蕩っている。
雲の隙間から僅かに漏れる陽光に輝く灰は、まるで雪のようで。
無数の呻き声が反響する地獄の底で、ただ、灰の降る空を見上げていた。
"泡になりたい"
雑踏に紛れて掻き消される声も。
理解できず理解されずに続かない会話も。
誰にも届かないのならいっそ、存在ごと泡になって消えてしまえたらいいのに。
"ぬるい炭酸と無口な君"
そういえば、昔、鶏肉のコーラ煮を作ったことがあったっけ。知り合いに美味しいと教えてもらって、丁度材料があったから作ってみることにしたんだ。
最終段階、コーラと醤油で煮込んでいると、匂いにつられた貴女がヒョイと台所を覗き込んできた。
くつくつと順調に煮込まれている鶏肉。
甘い香りを漂わせる、鍋の中の黒い液体。
空になったコーラ缶をじっと見つめた貴女が、
こいつ、正気か……?という顔をしたのを覚えている。
いや、本当にこういう料理なんだって、と言っても懐疑的な眼差しは変わらず。
味見で一欠片差し出すと、無言でもぐもぐ頬張った後、おかわりを要求されたけど。
料理が口にあうと、口数が減るのが貴女だった。
美味しいものにはじっくり向き合わないといけないから、らしい。
ちょっと目を細めて機嫌良さそうに食べる姿を見たくて、色んな料理に手を出したなぁ。
今じゃもう全然だ。
自分一人のために凝った料理を作るのは億劫なんだよな。