"好き、嫌い、"
好きと嫌いの二つで分けてしまうと、この世の殆どが嫌いに分類されてどうにもならなくなってしまう。
だから一時保留のボックスを作って、大抵の物事をそこに放り込む。
好き、嫌い、その他保留。
もしくは決済・承認待ち、コールドケースでもいい。
はっきり白黒つけなくても、灰色のままでも十分日々を生きていける。
"雨の香り、涙の跡"
祖母は優しい人だった。
ただ時折、僕の顔を見てほとほとと涙を零すのは正直参った。
泣き疲れて眠ってしまった祖母に毛布をかけ、
頬に残る涙の跡を指でなぞる。
どうして、なんで、と繰り返す悲痛な声が、ずっと耳に残って離れない。
なんて声をかければ良かったんだろう。
ここに居るのが彼女じゃなくてごめんなさい?
あなた方から彼女を奪ってしまってすみません?
生まれてきて申し訳ありません?
そのどれもが正解で、どれもが正しくないように感じて、結局いつも何も口に出来ないまま。
窓の外は暗く、強い風が吹きつけていた。
硝子に映る人形のような空っぽの瞳から目を背けて、電灯をパチンと落とす。
一瞬チカリと閃いた稲光。
遅れて響く雷鳴は、間も無く雨を連れてくる。
"糸"
銀色の針が布地をスイスイ泳ぎ、均等な足跡を残す。
最後にパチンと糸端を切って、出来上がり。
昔は反物から着物を仕立てられてようやく一人前と認められたの、と祖母は言っていた。
あなたも簡単な針仕事はできた方がいいわ、と様々な事を教えてくれた。
祖父にはあんまりいい顔をされなかったけど。
ほつれの直し方やボタンの付け方から始まり、最終的には衣服の仕立てまで。
縫い上がった単の着物や白いシャツを見分し、祖母は合格だと満足気に頷いた。
身につけた技術は一生物だ。
今でもたまに甚平を縫ったり、綿入れを作ったりと重宝している。
簡単な繕い物はできた方がいいと思うけど。
でもまぁ、今の大量生産・大量消費の時代なら必要無いのかもしれないな。
"届かないのに"
一際輝く星に視線が吸い込まれ、五指の、星の形をした手のひらを夜空に向かって伸ばした。
あれが欲しい。あれほしい。あれ、星。
星には決して手は届かない。
それでも時折手を伸ばしたくなるのは何でだろうね。
"記憶の地図"
広げた地図の上に記憶を重ねて
貴女の痕跡を探す。
買い物帰りによく通った真っ直ぐな道。
へばりながらもなんとか登った坂の道。
入り組んだ路地では何度も迷って苦笑されたっけ。
不思議なことに、いくら紙面上の道を辿っても、あの日貴女が手を引いてくれた近道が見つからないんだ。