"ただ君だけ"
人には二度、死があるという。
一度目は肉体の死。
二度目は忘却による死。
誰の記憶からも忘れ去られた時、人は完全な死を迎えるのだそうだ。
"わたしを完全に殺せるのは、ただ一人。君だけだ。"
貴女は指鉄砲を僕に向け、バァン、と打つふりをしておどけてみせる。
"死んだら忘れて欲しい、と頼むのが世間では王道らしいが、そんなのはごめんだ。
ずっと引き摺って、一生忘れないで欲しい。
君の消えない傷になりたい。"
"わたしを二度も死なせないでくれよ?"
そう言って、貴女は笑った。
ほんと、貴女らしいなぁ、と思う。
貴女みたいな人を忘れられるはずがないだろうに。
"未来への船"
どんな船なのだろう。
櫂を使って漕ぐ手漕ぎ舟か、風を受けて進む帆船か、それとも蒸気やエンジンを使った動力船だろうか。
乗る船が見つからなくて、旅路につく人を見送るばかり。
前に進めず、後ろにも戻れず、
一人取り残された気分なんだ。
"静かなる森へ"
どれほどの時間が過ぎただろうか。
木々の隙間からのぞく蒼闇に、夜明けが始まったと悟る。
辺りが僅かに明るくなった頃、足元から発生した霧が見る間に高さと濃さを増し、視界一面を白く染めた。
灯を消して、木々に背中を凭せ掛ける。
視界が戻るまではこの場を動かない方が良いだろうと考え、静かに目を閉じた。
森の真ん中にあるという湖を見に来たはずだった。 問題は、自分の方向音痴を考慮していなかったこと。真っ直ぐ最短距離を選んだつもりが、とんでもない場所に入り込んでしまったようだ。
ひんやりした空気がふと緩むのを感じ、目を開ける。いつしか霧は晴れ、明るい陽光が射していた。
勢いをつけて背中を木から離し、歩き出す。
目的地まで後少しだ、きっと。
"夢を描け"
小学生の頃、作文でこんな感じのお題があったなぁ。
最終目標はなるべく痛みのない終わりだとして。
その途中経過として、本と猫に囲まれた素敵ライフを送ることが夢だと書いた気がする。
"よく書けていますね"と褒められた後。
"それで、将来どんな職業に就きたいですか?"と聞かれたので、"自立できてお金を稼げる職業です"と答えたら、二度見どころか三度見された。
まぁ、ふわふわほのぼのした内容を書いていた奴が急に地に足のついた事を言い出したら驚くか。
どんな人でも、どんな立場でも夢を描くことは出来る。でも、夢と将来を混同できるのは余裕がある証拠だと思う。それか、よっぽど覚悟が定まっているか。空想はいくらでもできるけど、現実は世知辛い。
"届かない……"
鏡に映った花、水面に輝く月。
雲の上、高嶺の花。
胡蝶の夢、夢幻泡影… は違うか。届かないというより儚さの喩えだった。
手の届かないものを酸っぱい葡萄とくさすことなく、綺麗な姿のままで見ることができるのは一種の才能だと思う。