"花の香りと共に"
貴女が花束をいくつも抱えて会いに来たのは、貴女の学校の卒業式が終わって間も無くしてからだった。
せっかく沢山貰ったけど、家に持って帰ってもどうせ捨てられるだけだから君にあげる、と。
腕いっぱいの花束をぐいぐい押し付けてくるから、勢いに押されて倒れそうになった。
受け取った花束はどれもこれも中々の立派さで。
きっと僕が持ち帰ったら祖母が喜ぶだろうな、と思った。
でも、貴女がなんだか諦めたような、それでいてどこか満足したような顔をしているのが気に入らなくて。
花束を形作る花々から花弁をちぎり取り、思い切り上へと放り投げた。
ひらひらと、花の香りと共に様々な色・形をした花びらが貴女のもとへ降り注ぐ。
きっとね。貴女を想って贈られた花なんだから、貴女の為に、貴女を祝福するために使われるのが正解だと思ったんだ。
目を丸くする貴女に笑って、卒業おめでとう、と言葉をかける。
茫然としていた貴女は、僕と視線があった途端に顔をクシャリと歪めて、なんて事するんだ、と掠れた声で呟いた。
"心のざわめき"
貴女はよく雨に降られる人だった。
その割には結構な頻度で傘を忘れるから、雨の日には度々貴女の傘を持って迎えに行ったなぁ。
でもね。
到着して傘を渡しても、貴女はいつも開かなかった。
ありがとう、と受け取って、片手に握りしめたまま僕の傘に潜り込む。
お邪魔します、とにんまり笑って腕を絡める貴女に、いつも苦笑していた。
歩きにくくない?と問うと。
傘は本来一人分の空間しかないから、腕を絡めて寄り添うのは二人が濡れないためには仕方の無いことだ、と早口で言い募る貴女が可笑しくって。
自分の傘を使えばいいじゃないか、とは言わないで、そっか、と納得したふりをしていた。
雨の降る日は心がざわめく。
開かれる事なく色褪せた貴女の傘に、迎えに行くべき人がもういない事実を突き付けられるから。
"君を探して"
貴女の伯母だという人に会った。
貴女を偲んで話がしたいと、そう言われたんだ。
ほんの僅かでも貴女の面影を探したくて長々と話を聞いていたけど、コレは駄目だと大分初期の段階で悟った。
貴女の伯母は、誰かと誰かを結びつける事に心血を注ぐ人だった。
そのことに感謝する人もいるんだろう。
実際に仲人として何件も見合いを成立させたと聞く。
でもね。
ねぇ、なんで僕の幸せをあんたが決めるの。
僕のさいわいは貴女の形をしている。
今までも、これから先も、僕が自分事にするのは貴女だけだ。
それを、よくもまあ。
貴女が出来損ない?欠陥品?今度は健康でちゃんと長生きできる人を?
ふざけるな。
真っ青になった貴女の伯母に、人でなしだ、化け物だ、と言われた。
どうでもいいや、そんなこと。
簡単に御せると思った?
何を言っても許されると思った?
見誤ったね、残念。
ごめんね。
貴女の血族とは今後一切関わりを持つことはないだろう。もとから法事くらいでしか会わない薄い縁だったけど、それも断ち切ってきた。
でも後悔は全くしてないから、許してね。
"透明"
透明な水に一滴ずつ赤を垂らす。
ゆらり揺らめく深紅の帯が滲み、全体に薄く伸ばされ広がっていく様子を見守った。
次は青。筆から滴り落ちた雫が水面に斑点を描き、透いた赤に混ざって徐々に紫に変わる。
クルリと水をかき混ぜ、次は緑を、更に黄色を…と次々に色を加えていく。
ただの暇つぶしだった。
途中からは面倒になってチューブから直接色を落としたっけ。
絵の具箱すべての色を混ぜ終わったその先に残ったものは、黒でもなく、白でもなく、勿論透明のはずもなく、ヘドロのような色をした液体だった。
筆洗いバケツを勢い良くひっくり返すと、汚泥のような水が流れ出すと共に、溶け切れずに沈んでいた絵の具の塊がシンクにベッタリとへばりついた。
洗い場を汚したって叱られたなぁ。
単色は美しい。
混色もある程度なら深みが出る。
でも、過ぎれば毒だ。全てが台無しになる。
感情だって同じだ。
どこまでも透明であれたらいいのに。
抱え込むものが増えるほど醜く混ざり、濁り、曇っていく。
"終わり、また初まる、"
何でstart の始ではなく、first の初の方なんだろう。
月末と月初みたいな感じなのかな。
月の満ち欠けに合わせた旧暦から太陽の動きを基準とする新暦に変わったとはいえ、はるか昔から延々と一ヶ月という区切りは繰り返されてきた。
ひと月が終わり、また新たな月がはじまるお陰で、月末・月初はやらなければいけない業務が山積みだ。
どうでもいいけど、"初まる"って字面をみると、
なんだか"はじまる"を訛って"はづまる"って言っちゃう人みたいでほっこりするなぁ。