"question"
ブロック体で q を書くと何となく違和感があるけど、筆記体の qu は書きやすい。
"question"、"Be quiet"、"quality and quantity" とかね。
手書きで英字を書く時は専ら筆記体だなぁ。
その方が速いし書きやすいんだよね。
ただ、文献や資料で読み易いのは断然ブロック体。
筆記体は結構その人独自の癖が出るから、
"これ、なんて書いてあるんだ…?"と解読に苦労する事がある。
調べ物の最中に更にquestionが増えるなんて笑えないよな。
"約束"
コーヒーには砂糖をスプーン二杯、ミルクをクルリとひと回し。
紅茶は砂糖を一杯だけ、ミルクか檸檬かは気分次第。
マグカップの温かいココアには真っ白なホイップクリームをたっぷり浮かべて。
貴女に飲み物を淹れる時のお約束。
貴女のおかげで飲み物を淹れるのは上手くなったけど、貴女好みのコーヒーは僕にはちょっと甘すぎる。
いつもの手癖で砂糖を入れた後に気付くんだ。
"ひらり"
ひらりと舞う花弁が水面に落ちた。
花びらを起点として緩やかに波紋が広がり、
幾つもの綾を成す。
空を映す水鏡は崩れ、それでも新たに描かれる景色は例えようもなく美しい。
以前はよく花見に行った。
咲き誇り、上から降る花に歓声を上げる人波の中で、ひとり散りゆく花の末ばかりを見ていた。
"誰かしら?"
柔らかな光に照らされた真っ白な病室で、祖母は僕を見て困ったように首を傾げた。
ええと…、誰かしら。
ごめんなさいね。最近忘れっぽくて。
あ、もしかして娘のお友達?
もし知っていたら教えて頂きたいのだけど、わたしの夫と娘は何処に行ったのかしら。
唇が震えるのを感じた。
否定したかった。
あなたの孫だと言ってしまいたかった。
でもね。
忘れたままの方が、幸せだと思ったから。
あなたの娘はとうに居なくて、あなたの夫もつい最近亡くなったんだと、この無邪気に笑いかける人にどうして言えるだろうか。
分かってた。
それを選べば、もう、祖母の目に僕が僕としてうつることは無いのだと。
それでも。
あなたがそれを望むなら。
それであなたが笑ってくれるのならば。
僕は、僕じゃなくてもいいと思ったんだ。
後ろ手に閉じた扉に、力無く凭れかかる。
ぐるぐると、色んな感情が渦巻いては言葉にならず、ただ奥歯を噛み締めた。
僕は、何だったんだろうなぁ。
何年も、そばにいた。
祖父が亡くなってからは僕なりに祖母を支えてきたつもりだった。
でも、結局、祖母の中にいるのは僕じゃない。
どこまでいっても祖母の家族は夫と娘の二人だけで。僕の居場所なんて何処にもなかった。
誰にも望まれず、誰の心にも残れない。
きっと。最初から。
生まれてきたことが間違いだったんだ。
…馬鹿だなぁ、本当に。
呟きは、誰にも届くことなく消えていった。
涙は、零れた端から色を失くした。
窓越しの歪んだ青い空を見上げて、
まるで、水の中にいるみたいだと、そう思った。
"芽吹きのとき"
三月一日は七十二候の第六候“草木萌動"にあたり、
草木が芽を吹き始める時期だ。
寒さが和らぎ、春の足音が徐々に近付く日々。
だが、長い冬を耐え抜き、
眠っていたのは草木だけではない。
心しておかなければならない。
日常で小さな悪意が芽吹く、その時を。
経験上、三月から色々な問題が表面化することが多いんだよね。そういうのは得てして拗れて性質が悪い。
くわばらくわばら。