"誰かしら?"
柔らかな光に照らされた真っ白な病室で、祖母は僕を見て困ったように首を傾げた。
ええと…、誰かしら。
ごめんなさいね。最近忘れっぽくて。
あ、もしかして娘のお友達?
もし知っていたら教えて頂きたいのだけど、わたしの夫と娘は何処に行ったのかしら。
唇が震えるのを感じた。
否定したかった。
あなたの孫だと言ってしまいたかった。
でもね。
忘れたままの方が、幸せだと思ったから。
あなたの娘はとうに居なくて、あなたの夫もつい最近亡くなったんだと、この無邪気に笑いかける人にどうして言えるだろうか。
分かってた。
それを選べば、もう、祖母の目に僕が僕としてうつることは無いのだと。
それでも。
あなたがそれを望むなら。
それであなたが笑ってくれるのならば。
僕は、僕じゃなくてもいいと思ったんだ。
後ろ手に閉じた扉に、力無く凭れかかる。
ぐるぐると、色んな感情が渦巻いては言葉にならず、ただ奥歯を噛み締めた。
僕は、何だったんだろうなぁ。
何年も、そばにいた。
祖父が亡くなってからは僕なりに祖母を支えてきたつもりだった。
でも、結局、祖母の中にいるのは僕じゃない。
どこまでいっても祖母の家族は夫と娘の二人だけで。僕の居場所なんて何処にもなかった。
誰にも望まれず、誰の心にも残れない。
きっと。最初から。
生まれてきたことが間違いだったんだ。
…馬鹿だなぁ、本当に。
呟きは、誰にも届くことなく消えていった。
涙は、零れた端から色を失くした。
窓越しの歪んだ青い空を見上げて、
まるで、水の中にいるみたいだと、そう思った。
3/2/2025, 1:22:01 PM