"cute!"
小学生の頃、道端で外国の人に、
So cute!と言われたことがある。
両脇を持って抱え上げられて、満面の笑みで。
一瞬、誘拐か?と思った。
まぁ小さい頃だからね、子供だから仕方無いよね。
中学生の頃、海外文化交流で隣の席に座った奴に、You're cuteと言われた。
まぁ外国人と日本人じゃ体格差があるからね、不思議なことではない。
…高校生の頃に明らかに揶揄いで言われた時は流石にイラッとした。
後ろを歩いていた人に、あいつが君のことcuteって言ってるよ、と流したけど。
どうなったか後のことは知らない。
童顔で、贅肉も筋肉もつきにくくて痩せっぽちで。
高校半ばくらいまでは身長も低かった。
今になっても実年齢を当てられることはまず無い。
そろそろ年齢相応に見てくれてもいいんじゃないかと思うんだけどな。
遺伝的な要因も大きいんだろうけど、やっぱり子供の頃の食事情は後々響いてくるんだろうか。
"記録"
朝、家を出る前に砂時計をひっくり返す。
帰宅した際にもう一度逆さまにする。
特に意味はない習慣だけど、そうすると、なんとなくあの小さな容器の中に一日が記録されたような感じがするからつい続けてしまう。
"さぁ冒険だ"
貴女は酒に弱かった。
そのくせ、冒険してみよう、と聞いたことの無い酒を意気揚々と注文するんだ。
一口、二口飲んだ後に無言で差し出されるグラスを飲み干すのは僕の役目。
僕自身はザルというか、ワクというか。
酔わないんだよね。
どんなに飲んでも酔えない人間に飲まれる酒が勿体無い。まぁ渡されたからには飲むんだけど、味でいえばお茶とかジュースの方が好みなんだよな。
酔った貴女は顔を真っ赤にして、ふわふわと上機嫌に笑う。傍から見ていたら危なっかしいけど、暴れたり叫んだりしない分、酔っ払いとしては上等な類いだったんじゃないかな。
"一輪の花"
雪に埋もれて、鮮やかな赤がちらりと見えた。
椿の花だ。
一輪だけ、落ちずに残っていたらしい。
そうっと手を伸ばして触れてみようとした。
だが、次の瞬間。
ポトリと、首が落ちるように
赤い花が地面に転がった。
花びらが散ることはなく、
花ごと落下するのが椿という花だ。
昔の人はその姿から打ち首を連想したらしい。
不吉さは感じないが、確かにそう思うのも頷ける。
木々の緑よりも、空の青よりも。
椿の赤は、白い雪に恐ろしく映えるんだ。
"魔法"
ふわりふわりと。
空から雪の欠片が舞い降りる。
無数の雪片は、まるで星が降るようで。
無心で、いつまでも眺めていられる。
吐き出した吐息は白く、指先はかじかみ赤くなっていたが、陽が落ちて辺りが暗くなるまで雪を鑑賞していた。
静まり返った廊下に自分の足音だけが鈍く反響する。
回廊の電灯は既に消え、しかし、差し込む月光によって意外なほどに明るい。
青く滲むような夜にはらはらと降る雪の影が混ざる様子は、一幅の絵を想起させた。
トン、トン、と音を立てて階段を降りる。
普段は自分の音は最小限にすることが癖になっているけれど、たまに大きな音を立てたくなる。
一歩を踏み出す毎に広がる色の波を見ると、自分がまだちゃんとこの世界に存在しているのだと実感できるから。
最後の一段は軽くジャンプ。
ざらりとした地面の感触を音で認識する。
色と、音に満ちた視界は狂っているのかもしれない。
窓から落ちる月の光を踏めば、まるで降り続ける雪の中に立っているような、魔法のように不思議な感覚に囚われた。
久しぶりに勝ち取った連休は、思いがけず雪見の一日となった。たまにのんびり過ごすのも悪くない。
悪くないどころか、むしろもっと休みたい。
休みを下さい。