"星に願って"
咳と鼻水、喉の痛みは続いているが、なんとか今日を乗り切った。頑張った。柚子湯を飲んでさっさと寝るとしよう。
寝る時、たまに音楽を流す。
今日はお題に因んで、ピノキオの"星に願いを(When You Wish Upon A Star)"にした。
ディズニー映画といえば、何で皆いきなり歌い出すのか長年疑問だった。曲自体は別にいいんだけど、急に歌い出すのって怖くない?
以前貴女に尋ねたら、機嫌を損ねて三日間口をきいてもらえなかったけど。どうやらそれはそういうもので、疑問に思ってはいけないらしい。まぁ相手が楽しんでいる時に水を差してはいけないよなぁ。
"君の背中"
体調を崩した。
熱がまた上がってきたのか寒気がするし、鼻は詰まっているし、目の奥が痛くて勝手に涙が出てきて画面が歪む。
今日のお題は"君の背中"だそうだが、ろくに頭が回らない。
あぁそういえば。
昔、同じように体調を崩して咳き込んでいると、
普段はピンと真っ直ぐ伸びた君の背中が丸まって余計にしんどそうに見えると言われたっけ。
市販の風邪薬を飲んで布団をかぶる。
明日も仕事だ、休めない。
朝には熱と咳が治まっていたら良いのだが。
"遠く…"
遠く、遠くへ行きたい。
此処じゃない何処かへ。
わたし自身がいない場所へ。
帰りたいなぁ。
ずっと昔、頬を腫らした貴女はそう言って膝を抱えていた。すぐ後ろにある玄関扉にもたれて、困ったように微笑む。
貴女の家はそこにあるのに。
帰るべき場所に帰りたくないのに、どこに帰りたいと言うんだろう。
手招きされて、隣に座り込む。
ただぼんやり夕陽が沈む様子を二人で眺めていた。
やがて薄暗い空に星が瞬き出す頃。
貴女は空を見上げて静かに囁いた。
"カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなのさいわいのためならば僕のからだなんか百ペん灼いてもかまわない。"
"けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。"
僕が首を傾げると、貴女は鞄から本を一冊取り出す。その本は、何度も読み返したのかボロボロになっていた。
宮沢賢治、銀河鉄道の夜。名作だよ。
読みなよ、貸してあげる。
いらない、と断ると、可愛くないガキだと髪をクシャクシャにされた。口を尖らせて見上げると、貴女はもう涙を浮かべておらず、悪戯っぽくにんまりと笑っていた。
作中で、どこまでも一緒に行こうとカムパネルラに言ったのはジョバンニだった。
それなのに、かつて同じ台詞を口遊んだ貴女は今ここにいない。先に銀河鉄道に乗って遠くへ行ってしまったのは貴女の方だった。
"誰も知らない秘密"
秘密箱は決まった手順で操作を行わないと開かない。木材の継ぎ目が分かりにくい寄木、更には手数の多いものとなると、開けるのは困難を極める。
箱根で買った寄木細工の秘密箱を放置していたところ、貴女が興味を持って弄り始めた。
ちょっと動かしてはうーむと首を捻り、なぜか上に持ち上げたり、下に置いて考え込んだり。
なんとなく猫っぽいなぁと思いながら、貴女がなんとかして開けようと頑張っている様子を頬杖をついて眺めていた。
それからもたまに思い出しては挑戦していたけど、
結局、貴女が箱の中身を知ることはなかった。
実は部品が壊れていて開かないなんてことは、
貴女には最後まで内緒だった。
箱の中身は、僕以外誰も知らない秘密だ。
"静かな夜明け"
しんと静まった夜が緩み、清冽な光が差し込む。
薄鈍がかった雲が徐々に彩度を増し、薄明の燃えるような焼け空へと変わっていく。
条件の揃った時にしか見られない、音のない特別な夜明けの景色。
冬の澄んだ空気の中、コーヒー缶片手に刻々と変わる空を一人見上げていた。