ミヤ

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2/2/2025, 11:49:46 AM

"隠された手紙"

馬鹿やなぁ、なんで帰ってこんかった。
一言、助けて言うたら、なんぼでも手ぇ貸したったのに。
何本も空き瓶が転がる中、祖父だという男は彼女の写真の前でぽつりと溢した。

引き取られた祖父母の家には、綺麗に整えられた彼女の部屋があった。
たくさんの物と柔らかな色彩に溢れた、暖かい部屋。
飾られた幾つもの写真の中には、両親に挟まれて僕が見たことのない満面の笑みを浮かべる彼女の姿があった。

部屋を覗き込む僕に気付き、焦点をなくした瞳で、
あぁお前か、と手招きする。
隣に座ろうとすると、ヒョイっと膝に乗せられた。
居心地が悪くて身を捩ると、大きく笑われた振動で身体が揺れた。

笑いも泣きもせん、ちっとも似とらん思うとったけど、やっぱり親子やなぁ。気の遣い方がよう似とる。あの子もな、膝座るときはちいちゃくなってチョコンとしとった。かぁるいのに、ちょっとでも体重かけんようにって体浮かせてなぁ。
おもしろぅて、だいぶ大きなって嫌がられるまで、飯のときとかずっと膝に乗せとったわ。

懐かしむように、愛おしげに言葉が紡がれる。
けれど。

なんでいまここにあの子がおらんのやろか。

ふと、平坦で、冷静な声が落ちた。
上を見る。
こちらを見ているはずの祖父と、視線が合わない。
黒々とした瞳には確かに僕が映っているのに、その時祖父は僕を通して彼女を見ていた。

すまん、すまん。あの時、俺が追い出したから。
勘当なんて嘘や。ほんまに出ていくなんて思わんかったんや。ちょっと頭冷やさせるつもりで、すぐに考え直して戻ってくる思うとった。時間空くと、余計なんも言えんようになってしもうて。ほんまはな、お前がおったらそれで良かったんや。誰を好きになってもええ、なにをしてもええ。なんでもええわ、ただ幸せでいてくれたらそれだけで孝行な娘やったねん。
意地張っとってすまん。ごめん、ごめんなぁ。

ぽたりぽたりと、上から涙がこぼれ落ちてきた。
嗚咽と共に、骨が軋む程に抱き締められる。
何度も繰り返される謝罪は何の為のものなんだろう。
隠されて読まれなかった手紙に何の価値もないように、相手に届かない声に意味なんてないのにね。

泣き疲れて眠ってしまった祖父の腕から苦労して抜け出す。部屋を出ると、丁度毛布を持った祖母に出会した。祖母は机に突っ伏す祖父に毛布をかけると、僕の手を引いて寝室に案内してくれた。

許してやってね、と祖母は言った。
あの人はね、口は悪いし気は短いしすぐに怒鳴って喚き散らすどうしようもない人だけど…本当に、本当にあの子を愛していたのよ。

ごめんなさいね、と袖で目元を抑える祖母の姿に、
何も言えなかった。
ただ。
なんで愛され望まれていた彼女がいなくなって。
誰にも望まれていなかった僕がここにいるの。
そう、思った。

2/1/2025, 2:22:46 PM

"バイバイ"

"バイバイ"って、最近全然言わないなぁ。
仲良しの友人同士や距離の近い関係性の人、仲間内、
もしくは子供さんに言うイメージがある。
いま自分が言うとしたら、さようなら、お疲れ様、 お元気で、あたりかな。
貴女がいなくなってからは他人行儀な付き合いしかないもので。
言える関係性の相手がいるのは貴重だと思う。

1/31/2025, 2:15:26 PM

"旅の途中"

実際に行かないと分からない景色がある。
それと同時に、自分側の感受性の問題なのかもしれないけど、憧れは憧れのままにしていた方がいいというものもある。

でもね。
旅の途中で温かい飲み物を入手して、それを飲みながらのんびり雪景色を眺めるのは悪くなかった。その記憶だけで、次は何処に行こうかと予定を立て始める自分はほんと調子のいいやつだと思う。

1/30/2025, 1:25:20 PM

"まだ知らない君"

わたしがどんな人間なのかまだ知らない君は
きっと後悔するだろうねと貴女は言った。

でもね。
後悔なんか、一度もしなかったよ。

後悔させて欲しかった。
知ったことを後悔するほど
貴女のことを沢山教えて欲しかった。
叶うのなら
もっと長く生きて欲しかったよ。

1/29/2025, 1:58:09 PM

"日陰"

出会って間もない頃、長袖ばかり着ていた貴女からは不思議な香りがした。煙のような、少しいがらっぽい、でも心を落ち着けてくれるような香り。
袖がずれた際、腕に丸い火傷痕が幾つもあるのが見えて、その正体を悟った。
自嘲気味に、煙草の匂いが染み付いていて臭いでしょう、と貴女は笑う。
でも、人の密集した時の匂いや香水の混ざった匂いなんかよりもずっと好きで。
いい香りだよ?と首を傾げて言うと、泣きそうな顔でぎゅっと抱き締められた。

貴女が煙草嫌いだったから今でも喫煙はしないけど、昔からその香りは好きだった。
煙草の害は盛大に謳われているし、副流煙も身体に良くないと知っている。でも好みだから仕方ない。
金木犀や沈丁花なんかと同じで、街中でふと香りが漂ってくるとなんとなく気分が上がる。
今は歩き煙草も少なくなったし、喫煙所も縮小されてきており、喫煙者は日陰者になりつつある。
煙草本体は別にいいんだけど、香りだけは残って欲しいなぁ。煙草の香りの芳香剤とか発売されないだろうか。

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