"隠された手紙"
馬鹿やなぁ、なんで帰ってこんかった。
一言、助けて言うたら、なんぼでも手ぇ貸したったのに。
何本も空き瓶が転がる中、祖父だという男は彼女の写真の前でぽつりと溢した。
引き取られた祖父母の家には、綺麗に整えられた彼女の部屋があった。
たくさんの物と柔らかな色彩に溢れた、暖かい部屋。
飾られた幾つもの写真の中には、両親に挟まれて僕が見たことのない満面の笑みを浮かべる彼女の姿があった。
部屋を覗き込む僕に気付き、焦点をなくした瞳で、
あぁお前か、と手招きする。
隣に座ろうとすると、ヒョイっと膝に乗せられた。
居心地が悪くて身を捩ると、大きく笑われた振動で身体が揺れた。
笑いも泣きもせん、ちっとも似とらん思うとったけど、やっぱり親子やなぁ。気の遣い方がよう似とる。あの子もな、膝座るときはちいちゃくなってチョコンとしとった。かぁるいのに、ちょっとでも体重かけんようにって体浮かせてなぁ。
おもしろぅて、だいぶ大きなって嫌がられるまで、飯のときとかずっと膝に乗せとったわ。
懐かしむように、愛おしげに言葉が紡がれる。
けれど。
なんでいまここにあの子がおらんのやろか。
ふと、平坦で、冷静な声が落ちた。
上を見る。
こちらを見ているはずの祖父と、視線が合わない。
黒々とした瞳には確かに僕が映っているのに、その時祖父は僕を通して彼女を見ていた。
すまん、すまん。あの時、俺が追い出したから。
勘当なんて嘘や。ほんまに出ていくなんて思わんかったんや。ちょっと頭冷やさせるつもりで、すぐに考え直して戻ってくる思うとった。時間空くと、余計なんも言えんようになってしもうて。ほんまはな、お前がおったらそれで良かったんや。誰を好きになってもええ、なにをしてもええ。なんでもええわ、ただ幸せでいてくれたらそれだけで孝行な娘やったねん。
意地張っとってすまん。ごめん、ごめんなぁ。
ぽたりぽたりと、上から涙がこぼれ落ちてきた。
嗚咽と共に、骨が軋む程に抱き締められる。
何度も繰り返される謝罪は何の為のものなんだろう。
隠されて読まれなかった手紙に何の価値もないように、相手に届かない声に意味なんてないのにね。
泣き疲れて眠ってしまった祖父の腕から苦労して抜け出す。部屋を出ると、丁度毛布を持った祖母に出会した。祖母は机に突っ伏す祖父に毛布をかけると、僕の手を引いて寝室に案内してくれた。
許してやってね、と祖母は言った。
あの人はね、口は悪いし気は短いしすぐに怒鳴って喚き散らすどうしようもない人だけど…本当に、本当にあの子を愛していたのよ。
ごめんなさいね、と袖で目元を抑える祖母の姿に、
何も言えなかった。
ただ。
なんで愛され望まれていた彼女がいなくなって。
誰にも望まれていなかった僕がここにいるの。
そう、思った。
2/2/2025, 11:49:46 AM