猫灘

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4/20/2023, 3:16:00 PM

何もいらない

「先輩って物欲ないんすか?」
なんとも唐突な質問に首を傾げながら返事をする。
「あるにはありますが……なぜそんな質問を?」
声帯パーツを取り替えたおかげで声の出し具合も丁度いい。
会話をするならやはりこうでないと。
「いや、声帯パーツも俺が言うまでそのままだった訳だし、何か買ってるのも見ないし……と思って」
ただの会話のネタの一つっすよと言うと彼は床面をゴシゴシと磨き始めた。彼はお喋りだが仕事はなかなか手際が良い。
そんなことを考えながら欲しいものについて考える。
声帯パーツは取り替えたばかりで不具合はない。
ボディにもどこか不具合がある訳でもないし、欲しいパーツがある訳でもない。
話す相手も彼が居る訳で。
「物欲ないですねえ」
「まだ考えてたんすか?! じゃあ俺の物欲の話聞いてくださいよ」
「いいですよ」
そうしてペラペラと話し始めた彼を横目に、友人の様な後輩ができたから他には何もいらないのだと気がついたのだった。

4/19/2023, 12:39:23 PM

もしも未来を見れるなら

そろそろガタが来たな、と思う日々が増えた。
関節はギシギシと軋むしオイルをさしても直ぐに元通りになってしまう。なにより脳内チップの具合が悪く視界が霞んだり頭にノイズがかかる回数が増えた気がする。
そろそろこのボディともお別れか。いやここで人生を終わりにしてもいいかもしれない。オートマタの自分が人生というのは可笑しいかもしれないが、元々は人間だった分そう思ってしまうのだ。
「あ! 先輩!!」
しんみりと今後のことを考えていればそれを吹き飛ばす大声が飛んでくる。
「居ましたよ! バーテンダー!!」
バーテンダー、とはなんのことだったか。暫くの間、反応できなかったが二、三日前に酔っ払いながら話したことを思い出した。星降る夜に現れるバーテンダー。そのバーテンダーが出す酒はとてつもなく美味しい。
「いやあ、先輩の嘘か酔っ払いの妄想かと思ったんですけど本当に居たんですねえ」
嘘か妄言て酷くないか、とは思うが後輩の言葉は止まらない。まるでいつもと逆のようだ。
「酒もめちゃくちゃ美味しかったです! 多分先輩と飲んだのは違いますけど、星のかけらを使って作ってくれたのは同じでしたよ」
頭にノイズがかかる。
自分が飲んだのは、そう、甘露のように甘く美味しい酒だった。
「なんか先輩元気ないですね? 大丈夫ですか?」
後輩が心配そうに覗き込んでくる。
言葉が上手く出ない。まだ、止まってしまう訳にはいかない。
「大丈夫に決まってんだろ! ちょっと具合悪いだけだよ」
「え、じゃあ今日はもう上がった方が良いですよ。そろそろボディにガタが出始めそうって前に言ってましたし」
そんな話をしただろうか、と相変わらず頭のノイズが邪魔で思考が纏まらない。
「そうするかなあ悪いな」
「いえ、たまには先輩を労らないと」
「お前~!」
「わあ、すみません!! でも本当にメンテ行ってくださいね」
心配してるのは本当なのでと殊勝な言葉に思わず笑いそうになる。普段は茶化してくるくせにこういう時は察しが良い。
「じゃあ言葉に甘えるかな、その代わり掃除サボるなよー」
「掃除サボるのは先輩でしょ」
ワハハと笑いあって「じゃあまた明日」と言った所で思考が途切れた。

4/18/2023, 12:53:16 PM

無色の世界

「おはよう」
そう言って声をかけられた私は驚いた。
清掃業務に勤しんでいた私に声をかける者などこれまで居なかったからだ。
「おはようごザいまス」
声帯機能が故障気味の私の声は途中何度かひっくり返りながらも上手く返事ができたと思う。
その返事を聞いた彼はニコリと笑うとモップを取り出し床を磨き始めた。
「なあなあ、あんたここ長いの?」
中々に不躾なというか無遠慮な彼はどうやらヒューマノイドらしい。口元だけを性能が良いパーツを使って居るらしく、それ以外のパーツは機械だった。
「長い……デスね。もウ十年は居マス」
「めちゃくちゃ先輩じゃん!俺今日からここ配属になってさあ、どうなるかって心配だったんだよな」
いい人が先輩で良かったわあ、と呑気に言いながらも手元はガシガシとモップを動かし続ける。
「そんだけ長いなら声帯変えねえの?」
不躾な質問に思わず面を食らうがこれは彼の良さのひとつなのだろうか。
「誰とモ話さナイので」
「俺と話すじゃん~! これから毎日話そうぜ」
事実ここの清掃部は口数が少ないメンバーが多かった。
オートマタの同僚に丸型ロボット、ゴミを回収しに来る清掃係は日によって違った気がする。話す機会はあるのに話すことをしないのは確かに建設的では無い気がする。
「でハ、声帯直してキまス」
「えっホントに~! 嬉しいぜ! やっぱりどうせなら明るく行こうぜ!クソみたいな労働なんだし!」
そう言った彼は楽しそうに目元を(恐らく目元だと思う光の部分)ピカピカと光らせた。
こうして私の世界がうるさく色付いた瞬間だった。