猫灘

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無色の世界

「おはよう」
そう言って声をかけられた私は驚いた。
清掃業務に勤しんでいた私に声をかける者などこれまで居なかったからだ。
「おはようごザいまス」
声帯機能が故障気味の私の声は途中何度かひっくり返りながらも上手く返事ができたと思う。
その返事を聞いた彼はニコリと笑うとモップを取り出し床を磨き始めた。
「なあなあ、あんたここ長いの?」
中々に不躾なというか無遠慮な彼はどうやらヒューマノイドらしい。口元だけを性能が良いパーツを使って居るらしく、それ以外のパーツは機械だった。
「長い……デスね。もウ十年は居マス」
「めちゃくちゃ先輩じゃん!俺今日からここ配属になってさあ、どうなるかって心配だったんだよな」
いい人が先輩で良かったわあ、と呑気に言いながらも手元はガシガシとモップを動かし続ける。
「そんだけ長いなら声帯変えねえの?」
不躾な質問に思わず面を食らうがこれは彼の良さのひとつなのだろうか。
「誰とモ話さナイので」
「俺と話すじゃん~! これから毎日話そうぜ」
事実ここの清掃部は口数が少ないメンバーが多かった。
オートマタの同僚に丸型ロボット、ゴミを回収しに来る清掃係は日によって違った気がする。話す機会はあるのに話すことをしないのは確かに建設的では無い気がする。
「でハ、声帯直してキまス」
「えっホントに~! 嬉しいぜ! やっぱりどうせなら明るく行こうぜ!クソみたいな労働なんだし!」
そう言った彼は楽しそうに目元を(恐らく目元だと思う光の部分)ピカピカと光らせた。
こうして私の世界がうるさく色付いた瞬間だった。

4/18/2023, 12:53:16 PM