久住弥生

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7/7/2023, 3:42:25 PM

店内が落ち着いたのを見計らい、店主の洋介は外へ出た。メニューの看板を、ランチ用からカフェ用にひっくり返す。通行人の多くが、傘を持っている。
店内に戻ると常連のサラリーマンが会計中だった。
「雨もう降ってる?」と尋ねられ、洋介は「まだ濡れずに帰れそうですよ」と返した。
日が暮れる前に降り出す予報だが、今はまだ雲もまばらである。
会計が終わった客を見送ってから、レジを打っていた妻の綾が言った。
「今夜は会えないね」と織姫と彦星のことを言っているらしい。「わざわざ梅雨の時期に約束しなくたっていいのに」

毎年この時期にはレジ横スペースに、笹飾りと短冊を用意している。店の近くには高校や大学がある。乗り気で願い事を書いて飾ってくれる学生もおり、笹はずいぶん賑やかになっていた。

「レポート間に合いますように」
「夏のレギュラー入れますように」
「無くした自転車の鍵見つかりますように」
「今年も一年健康で」
「どうぶつえん え いけますように」

たくさんの願い事を眺めながら、姪が小さかった頃のことを思い出す。
出張や転勤の多い姉の子を、夏休みの間、よく預かっていた。子どもを授からなかった洋介と綾は、姪を自分の娘のように可愛がった。
母親と離れて寂しかったろうに、姪はいつもニコニコ笑っていた。姪は毎年「〇〇になれますように」と、その時の夢を書いていた。
姪は去年一般企業に就職して、最近も忙しくしているようだが、それが彼女のしたかったどの仕事でもないことは知っていた。
姪が短冊に願い事を書かなくなってから、洋介は密かに「ハルちゃんの夢が叶いますように」と、短冊をかけている。

「来年は、晴れるといいね」
ドアベルが鳴って、客が入ってきた。
笹がさわさわと、優しい音を立てた。


「七夕」

7/6/2023, 12:28:45 PM

コンビニで買った弁当を小さなテーブルで1人食べながら、「友達リスト」を下に下にとスワイプする。
ほとんどが高校の知り合いからで、その数も多くはない。
母は転勤族で、小さい頃は各地を転々としていた。2年住めば長い方。高校は転校したくないと、以降は、喫茶店を営む叔父夫婦の家に居候させてもらった。
その後も続いた引越しの中で、卒業アルバムの類は紛失してしまったらしい。そうでなかったとしても、多分今後も見返すことはなかっただろうけど。

遠足で行った動物園、学校帰りによく立ち寄った駄菓子屋、それがどこだったのか、いつのことか、思い出せないのは疲れて眠いからだろうか。

今思えば、どの場所でもそれなりに楽しくすごしていた。
でも、一番楽しかったのは、やっぱり高校だったな。
あの頃、最も長く時間を過ごした、彼の名を、そっとタップした。
機種変更をしたから、当時のやり取りは全て消えてしまった。
卒業してから、一度も連絡をしていない。
今更、何を言えばいいのか。

スマホを置いて、忘れていた食事を再開する。
彼は私にとっては、1番の親友だった。
その言葉を、お茶と一緒に飲み込んだ。


「友達の思い出」

7/6/2023, 3:35:38 AM

コンビニから家までは10分ほど。
朝は混むバス通りも、この時間は車もまばらである。

スーパーはもう閉まっている。
ここらへ引っ越してから3ヶ月が経つ。
初めは、憧れた一人暮らし、炊事も頑張ろうと、ひととおり道具は揃えたが、朝はトースト、昼は社食、夜はコンビニ弁当。休日、目玉焼きを焼くくらいで、鍋はシンク下、奥の方にしまってある。
あのスーパーもしばらく行っていない。
すぐそばを車が通って、生ぬるい風が吹いていった。

空は晴れているが、都会ではそれほど星は見えない。
アルタイルとベガ、それくらいは知っている。
夏の大三角、もう一つはなんだったかな。
そんな程度だ。

子供の頃、校外学習で行ったキャンプがふと懐かしくなった。草はらに寝転んで、懐中電灯を空に向けたあの日。
あれがどこだったのかはもう覚えていないけど。
もう一度見たいな。

でもまあ、繁忙期が落ち着いたら、考えよう。
そう自分に言い訳をして、蓋をした。
考えると疲れるから。今は何も考えずに。

「星空」

7/4/2023, 1:37:41 PM

今日も残業帰り。
繁忙期だから仕方ないよね。
自分に言い訳をしながら、コンビニでお弁当を買う。
値引きのシールが貼ってあるものから、テキトーに選ぶ。深く考えないでレジへ持って行く。
電子マネーで。
値段も見ずに、お会計が終わる。
カバンに入れっぱなしのエコバッグを広げる。
鶏南蛮弁当、ちょっと傾いてるけど、もう気にしない。
店員さんの定型文を聞き流して、店外へ。
街灯の灯りに、虫が集まっている。
生暖かい風。
もう夏が来ている。
視線の先に、白くふわりと動くものがある。
通り過ぎて気づく、ああ、ビニール袋か。
カサリと音を立てて、漂っている。
コンビニのロゴが、頭の片隅に残って………。
少し悩んでから、私は引き返してビニール袋を拾う。
ゴミ箱へ入れる。
ふうっとため息をついて、また歩き出す。
誰も見てやしないけどさ。
空には星が点々としている。
都会の空でも、小さく輝いている。


「神様だけが知っている」