【世界の終わりに君と】
星を掴んで金平糖みたいに食べたい
雲を掴んで綿飴みたいに頬張りたい
月を掴んで煎餅みたいに齧り付きたい
君はそう言って弱々しく笑った
絵本に影響された子どもが言うようなことを
虚ろな目で言うんだ
僕たちはもう
半年くらい二人きりで過ごしていて
君が好きなお菓子なんてどこにもないし
満足に食事もできていない
君が絶望するのも仕方ない
僕だって同じなのだから
僕はズボンのポケットから
小さなクッキーを取り出した
とっておいた最後の一枚だ
僕はそれを半分にして
もう半分を君に渡す
世界の終わりに君と
クッキーを口に放り込んだら
大袈裟なほどに甘くて
まるでおかしな毒でも回っているかのように感じた
もう他に食べるものなんて無い
もしあるとすれば、それは……
二人でゆっくりと静かに咀嚼しながら
近いうちに本当の終わりが来ることを
僕は予感していた
君の目が鋭く光ったのも
僕は見逃さなかった
でも、僕はそれでいい
これからも君が生きていけるなら
きっとそれでいいと思うんだ
【最悪】
私にとって最悪なことは
この世界に生まれたことだ
【誰にも言えない秘密】
興味本位、純粋な好奇心
綺麗な言い方をすればそういうものだった
面倒ごとをなんにも考えてない十代半ばの私たちは
恋愛ドラマやネットの情報を目にして
ただの憧れで大人の真似事をした
友達の延長線上
緩い付き合いの私と彼
一つの愛というものも知らず
たまたま生まれた空気に流された
振り返れば醜く下品なだけで
私の憧れとはほど遠いものに変わっていた
途中で嫌だと言っても
彼は大人とはこういうものだと
私の気持ちより好奇心を優先させた
そのあとは怖くなって
とんでもないことをしたと思った
それでもしばらくは
この気持ちを抱えていなければならなかった
誰にも言えない秘密を持って
自分はまだやはり子供だと思い知らされて
彼は何故だか素っ気なくなって
私はこの世に独りきりな気がして
どうしてだろう、彼だけでなく神様は私を見捨てたのか
月は冷笑を浮かべて降りてこなかった
【狭い部屋】
ここには生活に必要なものが全て揃っていた
味気ないが栄養だけは豊富な固形の食料が毎日届き
水は無限に供給される
粗末だが布団も便所もあるし
小さいがシャワー室と洗面所もある
私は一週間前から
ここに居ることが義務付けられた
ギャンブルで作った莫大な借金を返せなかった結果
目隠しをさせられて車に乗せられ
強制的にこの部屋に入れられたのだ
だが、過酷な環境で死ぬまで働かされるよりは
まだいいのかも知れない
ここに居る限りは
生活に必要なものが一通り揃っているので
働かなくても暮らしていける
ただ、大きな問題があった
娯楽というものが一つもないのだ
テレビもなければ本もスマホもない
紙やペンすらもない
そして他の人間に会うこともない
食料が届くのはドア横にある小さな小窓の中
この部屋はどこか大きな建物の中にあるらしく
食料は誰かが廊下から小窓に投げ入れているのだろうと思っていたが
三日前、無機質なロボットが入れていることが発覚した
この一週間、自分が生活するための行動しかしていない
料理さえも作る必要はなく、言い換えれば作ることも許されていない
することがないので、寝てばかりいる
こんな生活がいつまで続くのか
もしかすると一生続くのかも知れない
こんなつまらない生活には何の価値もない
いつまで続くかも分からないなら、もう死んでしまいたい
けれど死ぬ方法なんて……
ああ、あの味気ない食料や水を口にしなければいいのか
私はそう思い、食べることをやめた
けれどその我慢は二日も持たなかった
腹は減り、喉は渇き
体がそこにある食料と水を口にするよう急かしてくる
美味くもないのにまたあのドッグフードみたいな食料を食らい
味のない水をがぶ飲みする
おかげで私の人生は終わらない
この狭い部屋での生活も終わらない
「被験体No.323、食料と水を口にしました」
「ほらな。ギャンブルであんな額の借金作ったような奴は、我慢がきかねえだろ?我慢できる性格なら、勝てそうだとか言ってギャンブルに金を突っ込まねえよ」
「……そうですね。でも我慢がきかない性格ってことは、この先ここでの生活がさらに我慢できなくなるんじゃないですか?」
「それがこの実験の面白いところだろ?次はどんな行動をしてくれるのかねえ」
「あっ!被験体No.323が枕に話しかけてます」
「だーれも関わる奴が居ないもんな。とうとう『友達』を作り出したか」
「以前、被験体No.148も同じことをしてましたね」
「そうだな。あいつの場合は便器に話しかけてたけどな」
「被験体No.148は……ああ、今は寝たきりで天井と話してますね」
「楽しそうで何よりだな。この感じだと、被験体No.323も将来は同じようになるだろうな」
【失恋】
失った恋と書いて、失恋。
僕はあの人に恋をしていた。
毎朝、きっかり同じ時間に登校する僕。
今の高校に通い始めて三ヶ月目のある朝、あの人を見かけた。
朝の光に照らされて輝く、黒いロングヘア。
透明感のある白い肌に、赤ともピンクともつかない口紅の塗られた唇がよく映えていた。
グレーのリクルートスーツがよく似合っていて、タイトスカートから細くすらりと伸びた足が綺麗だった。
極めつけは長い睫毛と大きくぱっちりした瞳。できることなら、いつまででも見ていたかった。
一目惚れから僕の恋は始まった。
その日からは毎朝あの人を見かけるようになり、何をしても退屈だった日々が嘘みたいに登校するのが楽しくなった。
少し体調が悪くても、嫌な授業があっても、あの人に会いたくて学校に通った。
おかげで僕は、一度も休まず高校に通えていた。
けれど僕は、恋を失ったのだ。
それは、あの人を見かけて五ヶ月ほど経ったころのことだった。
僕の前を歩くあの人の背中を眺めながら後ろを歩いていたら、あの人の隣に一台の車が停まったのだ。
「サイカ、待たせたな」
車の窓を開けて若い男があの人に話しかける。はっきりした顔立ちで、案外男前だった。あいつは、いったい誰なんだ。
男はあの人をサイカと呼んだ。あの人の名前を初めて知ったが、漢字は分からない。
「ありがとね、カズくん」
サイカさんは笑顔でそう言うと車に乗り込んだ。僕が初めて見る、サイカさんの笑顔。可愛かったけれど、それは僕ではなくあの男に向けられていた。
サイカさんが助手席に座るなり、カズくんと呼ばれた男はサイカさんの頭を引き寄せてキスをした。サイカさんは恥ずかしそうで幸せそうな顔をしてから男にキスを返した。車の細く開いた窓からは、微かな笑い声と水音が聞こえてくる。
僕はこれ以上ここに居たくなくて、全速力で走った。走っているうちに溢れてきた涙は後ろに流れていった。駅に向かう気になれず、家から少し離れた場所にある公園に向かって走った。
やがて公園に着くと、ベンチに座って嗚咽した。恋の終わりは呆気なく残酷だった。恋を失うことは、辛く苦しく寂しく、心を捻り潰されるようなものなのだと知った。
その日は初めて、高校を休んだ。